辻村 深月『朝が来る』(文藝春秋、2015)
若い親に対して「子どもが子どもを育てる」と揶揄する人がいるけれど、後者の方がマジョリティだからか、高齢の親に対して「祖父母が子どもを甘やかす」と揶揄する人はあまりいない気がする。何でも与えてもらって満たされている子は他人を妬んだり卑屈になったりはしないけど、お金の重さや持たぬ子の存在に鈍いところを見せつけられると何だか複雑な気持ちになる。平均的な年齢の両親から生まれる子どもがバランスの良い子に育つのかというとそれもわからない。年齢がどうこうというより、親としての資質が備わっているかどうかが大事なのだということは当たり前にわかっている。しかし、親になるのは難しい。こんな人間になりたくない、こんな人間になってほしくない。毒親像は割と明確にあるけれど、自分がそういう人間にならないためには多大な忍耐と努力が要る。こういう人間になりたい、こういう人間になってほしい。という理想を掲げる方が一見ポジティブだけど、実際にはそちらの方が親にも子にも重荷になる。朝が来る (文春文庫)Amazon(アマゾン)この本を読むと切実に感じる。他人の目からでないと見えない綻び。その穴が広がって取り返しのつかないことになるのは、理想が重すぎるから。しかし、理想も目標も何にもなくて自由と放任を履き違えるのも困る。真ん中を目指すのもなんか違う。だって1番にもなりたいから。家族の中だけでどうにかしようと思わず、外にも目を向けること。時には外にも助けを求めること。色々な方法を知ること。堕ちるところまで堕ちた人間もそれで少しは変われると 良いなと思う。