備忘録です。

早良親王が怨霊になって登場する映画

怨霊ができるまでのプロセスと
お能のストーリーが似ている
ことについて。

■映画 『陰陽師』
早良親王が怨霊になって
登場する映画。
→陰陽師
私の大好きな野村萬斎さんが
阿部清明を演じた陰陽師。

と、大杉日香里さんが講座の中で
言われていたのを
ふと、思い出して
お昼からyoutubeにあるかなぁ~
と探した。

あった(*´▽`*)

事実ではないけど、
もしかしたら、
平安時代の人たちは
鬼や怨霊をあんな風に
身近に感じていたのかも
しれないな、と、思いながら
観ました。

■お能
私が、初めてお能に
興味を持ったのは、
やはり、野村萬斎さんの影響です。

狂言を観るようになり、
お能も観るようになりました。

ですが、お能って狂言より、
敷居が高い。

そんな私に
NHKの
日本の伝統芸能の入門講座の
番組を教えてくれた方がいました。

その番組の中で見たのが
『恋の重荷』という素敵な名前のお能

あらすじは、
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菊を愛好する白河院の庭で、菊の世話をする山科の荘司という者がいました。
荘司は白河院の女御の姿を見て、恋心を抱きます。
女御は荘司の懸想を知り、臣下を通じて荘司に、あることを行えば、思いに応え、姿を見せてあげようと伝えます。
あることとは、美しく装飾され、いかにも軽そうに見える荷を持って、庭を百度、千度廻ることでした。
荘司はわずかな望みができたと喜び、下働きで鍛えてきたからやりやすいと、精一杯の力を込めて持ち上げようとします。
しかし、それは大変な重荷で、まったく持ち上がりません。
何度も何度も頑張ってみますが、持ち上がることはありませんでした。
力を使い果たし、絶望した荘司は、この仕打ちを恨み、女御に思い知らせてやると言いながら、死んでしまいます。

臣下から荘司の死を知らされた女御は、庭に出て、荘司の死体を見て、その死を悼みます。
ところが、立ち上がろうとしても巌に押さえつけられるように、身動きできません。
すると、そこへ荘司の亡霊が現れます。亡霊は、女御のひどい仕打ちに憤り、さんざん恨み言を語り、地獄で苦しんでいることを伝え、女御を責め立てます。

しかし最後に荘司の亡霊は、弔いをしてくれるなら、恨みを消し、女御の守り神となって、幸せを末長く守ろうと言い、去っていきました。
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(The能.comより)
http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_064.html

あまりに、胆略的な発想で
衝撃を受けました。

このストーリーを知ったとき
「そんなことで、死んでどうするの?」
理解ができなかったことを
よく覚えています。

死んで恨んで幽霊になって
死んでから恨み言を言って
相手を困らせて、
成仏するなんて!

3時間ドラマのような
複雑なストーリーに
慣れている私には、
この単純なストーリーには
何か隠れている意味深の
ものがあるんではないか?
裏を探ったりしてみました。

どうにも理解不能だったのです。

でも、
お能をいろいろ見ているうちに
お能の話の展開は、大体、
生きているときに何か
ひどいことが起きて、
それに絶望して憤死。
その後、鬼や亡霊になって
相手を恨んで、
恨み言を伝えて
相手が悔いると
浄化。
というパターンが多いのに
気が付きました。

それで、狂言もお能も様式美を
愛でる芸能なので
ストーリーにあまり意味は
ないのかな、、、と、
あまり、ストーリーに深く
関心を持たなくなりました。

つい、日香里さんの怨霊講座を
受けるまでは。

日香里さんの怨霊講座を聞いて
怨霊ができるまでの
パターンと
お能の話の展開が似ていることに
気が付きましたかお

早良親王、菅原道真公、崇徳院の
怨霊が出来上がったのが
平安時代になる前 ~ 平安時代末期。

お能は、室町時代に
主に観阿弥、世阿弥が作ったもの。

私が生きている今の時代、
生きている間に
解決策を考えることができるけど、
そんなことができるようになったのは
もしかしたら、第二次世界大戦が
終わってから以降だったのかもしれませんね。

それまでは、
権力の前では
無実なのに、権力者の都合よく
すぐ、死罪になっちゃう
生きて冤罪を晴らすこともできない。

そんな世の中だったから

怨霊を鎮めて御霊になる思想が
あるからこそ、
お能のストーリー展開も
民衆に受け入れられたんだ。かお

と、怨霊講座を聞きながら
長年のお能のストーリー展開の
謎に思いを馳せておりましたハートぃっぱぃほっハートぃっぱぃ