土方さんは、妾の子だったり、幼少時代に荒れていたりして、とても多才な方でありながら、多分、自己肯定感はそこまで高くなくて。
自分の居場所がどこにもない孤独や痛みを、きっと、身をもって知っている方で。
だから、居場所や存在意義を与えてくれた近藤さんを敬愛しているし、自分の惹かれた人物の価値を第三者に認めてもらうことが、間接的に自分が肯定されたような感覚がもしかしたらどこかにあって、
だからこそ、それこそ本当に死に物狂いで、汚れ役を買って出てまでして新選組を伸し上げたかったのかも知れない。
個人的にだけど、シンパシーと憧れ、どちらもを感じたとき、私はその方を人間的に好き、と思うのかもしれない。
自分自身に価値を感じられずに、自分の心酔している存在が肯定されることで、間接的にでも、自分が認められた、と思って救われるところは、私が嵐さんに感じている気持ちと、きっと少し似ていて。
でも私には、土方さんほどの覚悟や激情も、ポテンシャルもない。
というように。
私なんかと並び称すること自体が、本当に烏滸がましいんだけど。
土方さんのように、人に価値を見出す生き方は、そのために強くもなれるけれど、想いの強さはいちばんのウィークポイントでもあって。
防弾ガラスのような強さを持っているけど、そのガラスが割られてしまったら、それを直す術も、他のガラスを見繕うという選択肢もない、というように。
土方さんのそんな、諸刃の刃のような儚さが好きです。
と言いつつ純粋に、その、組織運営や戦略を秀逸かつ的確にこなすかっこよさにも惹かれるし、意外と新しいもの好きだったりモテ自慢のようなことをしてみたりする、可愛らしいというか、そんな一面もすごく好き。
本や作品の脚色なくご本人の言葉に触れることはできないから、歴史のお話は難しいなあと思う。
