しかし……これは想定の範囲内だろう、
と私は思った。
そうでなければ、そもそもヴォラクが
発表者に選ばれることはない。

どんな悪事にもやむをえぬ原因がありうる、
と考えることは大事だが、
どんな美談や悲話のウラも疑ってみる、
というのも|均衡《バランス》ある、健全な態度といえよう。

ヴォラクもその姉妹種族アミーも、
理事種族の中では|秩序の破壊者《トリックスター》、
帝国政治のかき回し屋として知られるが、
本物の反社会的種族ではもちろんない。

とんでもない|掟《おきて》破りをしながら、
それ以上に良い結果を出して見せ、
他の種族を悔しがらせる一方、
時には派手につまらぬ失敗もやらかして、
仲間達をさらに頑張らせてしまうのだ。



彼女達は|海豹《あざらし》に似た
両生動物から進化した種族だが、
非常に強健・知的な資質に加えて、
実は真面目な性格を持っている。

しかし、そのことを裏から見れば、
他種族の力量不足ゆえに
より良い政策が導入しにくいという、
不満を|堪《た》える立場でもある。

そこで、時には危険あるいは不謹慎な|冗句《ジョーク》で
自身の緊張を|和《やわ》らげたり、
他種族の向上を求めたりしているのではないか、
といわれている。

実際、今回の問題発言にしても、
今の政治や民度の|水準《レベル》を考えれば、
国家の信頼を|損《そこな》うような
|醜聞《スキャンダル》に至ることはないだろう。

むしろ、交戦国の通謀による
淘汰などという恐ろしげな〝疑惑〟が、
腐敗、衆愚化や無責任な他責に|陥《おちい》りがちな
多くの種族の自戒を促したり、
人々に〝啓示の王〟の苦悩を
我が事と感じさせたりすることで、
平和の維持や強化に資するだろう、
というのが私の予測だ。

やんちゃな双子の臣下種族に対し、
我等が〝|最後の皇帝《ラスト・エンペラー》〟はというと、
|巷《ちまた》では〝天使な魔王サタンちゃん〟(笑)
と呼ばれるほど、善良で心優しい種族だ。



彼女は戦前から、
『あるまじき〝戦争の効用〟』などというものを
全て残らず分析・公表したうえで、
それらを不要とする政策を訴えて、
自らの手を縛っていたお人好し、
馬鹿がつくほどの正直者でもある。

もし通謀があるとすれば、
戦前から忠臣サタンのもとに大量亡命し、
指導も行っていた〝先帝〟からの亡命者と、
人形遣いの〝啓示の王〟あたりだろう。
ただし万一、そんなことがあったとしても、
全てが直ちに公表されるかは分からない。

また、当時における淘汰の容認を批判して、
今の平和的な政策との矛盾を突いたとしても、
『では君なら他にどんなことができた?』とか、
『今後もそれを繰り返すのか?』と問われると、
どこの種族であっても『いや、それは……』と
返答に|窮《きゅう》してしまいそうなのが、恐いところだ。



そもそも淘汰のための陰謀・通謀だろうが、
偶然・誤算だろうが、まあその間をとって
機会の利用や泳がせ後の対処だろうが、
私達一般人にとってはあまり違いがない。

まず戦争を起こすかどうかの決定自体は、
より大きな社会情勢に左右されるのだし、
ひとたび大戦争が起きてしまえば、
多くの種族への惨禍は避けようもない。



私達ができること、すべきことといえば、
技術が進めば社会や政策はこうなり、
それを繰り返すと全体がこうなっていく、
という文明の大きな流れを知ったうえで、
普段から前もって争いを防げるよう、
様々な政策の提案や改善、活用に関わり、
社会全体としての生存・発展確率を
上げていく努力ぐらいだろう。

その意味で新国家が、
〝モノの生産・安全と配分・投資だけでなく、
ヒトの向上・支援と活用・参画も重要になる〟
という文明の|潮流《トレンド》を理解したうえで公開し、
新技術により人々の健康や教育も高めながら、
民主化や自由化を進めているのは有難いし、
私達もぜひ、その機会を活用したいものだ。

……私を含む人類が量子人格化してから、
かなりの年数がたったが、
星間社会でも政治というものは奥深く、
この帝国では|程良《ほどよ》く面白い。



ところで〝啓示の王〟についていえば、
他者への愛などといっても、
しょせんは自己愛の拡張にすぎない、
という冷めた見方もできる。

とはいえ人は誰しも、何か自分に
関係があるから愛するのであって、
自分と全く無関係のものを愛したら、
むしろ気持ちが悪いだろう。


だからこそ、せめて今後は皆の愛情が、
どこかで|遮《さえぎ》られることなくお互いを向き合い、
全ての人々のための政策に活かされて欲しい。
……私は切に、そう願っている。