高度の知性と強固な意志を示し、
|爛々《らんらん》と輝く金色の瞳で知られる種族。
|白銀《しろがね》色の|鱗《うろこ》に覆われた、
強靭で柔軟な身体に恵まれた種族。
巨大で優秀な頭脳を発達させられる、
|蛸《たこ》のような|形態《すがた》の種族。
そして何より、銀河系全域の知的種族を|悉《ことごと》く
|恭順《きょうじゅん》させ、統治した最大最強の軍事種族。
|古《いにしえ》の時代には神にも|擬《なぞら》えられた、
〝先帝〟種族の生き残りだ。



確かにサタンは戦前から戦後にかけて、〝先帝〟種族から
多数の亡命者や避難者、生存者を受け入れており、
事実上の混成種族になっている、という噂もあった。
悪魔に化けた神の|原型《モデル》から、
自らの教訓を聞けるとは、何と意外で皮肉なことか!
しかし歴史の内幕を知るのに、これほどの好機はない。

『貴方が現皇帝種族の考えや本音を知りたいのなら、
役立つ情報を提供できるかもしれない。
なぜなら私達亡命者は、まさにその行動原因を作った、
軍事的専制による失敗の責任者、生き証人なのだから』
ずいぶんと素直に、失政を認めるんだな。
でも政治の両輪は正当性と権力、|綺麗事《きれいごと》だけじゃない。
確か色々な神話でも、神は悪魔より数多く容赦なく、
|服《まつろ》わぬ者達を滅ぼしているはずだ。



『ただし最初に言っておくけど、
私の後悔は多くの犠牲を出したこと自体にじゃない。
犠牲者よりも沢山の人々を救い、幸せにすることが、
私達の力だけではできなかったことについてなの』

やっぱり厳しい連中だな……でも側近種族が堕落して、
内戦を始めたことについてはどう思っているんだろう。
実際は、彼女達が一部の側近種族と|通謀《つうぼう》して、
腐敗種族を|淘汰《とうた》した、という噂もあるのだが……。

私はそう思いつつも、帝国内戦が人類社会では
ラグナロク、〝神々の|黄昏《たそがれ》〟に|例《たと》えられることが
多いというのを思い出した。
本来は、それを言うならアポカリプス、
〝|黙示録《もくしろく》〟の方が近いのだろうが、
近いからこそ、|生々《なまなま》しすぎて|憚《はばか》られるのだろう。



今では人類も最先進種族に昇格したとはいえ、
微妙な話題の振り方には気をつけよう……、
と思っていると、まるで私の心を読んだかのように、
彼女の方からその話を切り出してきた。

『でも〝全種族の発展〟という建国理念を失った種族を、
私達がわざと自滅に誘導したというのは、考え過ぎよ。
もっとも、罪なき種族の犠牲をさらに増やしてまで、
助けることはできなかったのも事実だけどね』



来たか! 彼女もそれが言いたかったようだ。
『皇帝といえども、全ての臣民の面倒は見られない。
今進んでいる民主化のもとなら、なおさらでしょう?
国民に分け与えられた権限は、自己責任も伴うのよ』

『サタンは歴史の古い種族だけど、
その上に|胡坐《あぐら》をかくことなく、
帝国種族全体の繁栄を願い続けていた。
だから私達も、彼女達を|依《よ》り|代《しろ》に選んだ。
サタンに協力した貴方達は、賢明だった』
そう言いながら、彼女は私をじっと見つめた。



その言葉を聞いた私は、|背筋《せすじ》がぞくりとした。
社会を動かす人々は、
社会全体が争い少なく栄えることで、
利益や安全、誇りを得るはずだ。

私が生まれた日本の歴史でも、天下統一後は
刀狩りと武家諸法度の時代になった。
勝手に城を直したり、私戦に及んだりしただけで、
|改易《かいえき》処分や|切腹申付《せっぷくもうしつ》けの|憂《う》き|目《め》にあった。



戦禍に乗じて不当な利益を図ろうなどとしていたら、
人類もまた〝不運な|巻き添え戦闘被害《コラテラル・ダメージ》〟によって、
滅亡した種族の一つになっていたかもしれない。
何より実際、彼女達のような〝亡命者〟を除けば、
〝先帝〟種族自身でさえも滅びているのだから……。
そんな想像が、|脳裏《のうり》を|過《よぎ》った。

『幸運な時代に甘えるな……ということですか?』
『そう、技術が進めば社会が変わり、政策も変わり、
その政策が次の技術開発を助けて、文明は発展する。
だけどそうした〝文明の|循環《サイクル》〟を重ねるほど、
技術にできることが増え、政策がすべきことも増えていく』


『政策が変わるには、人々自身の向上が必要になるし、
向上できた人々も、活用できなきゃ居ないのと同じ。
モノの生産と分配、ヒトの向上と活用という
4つの政策のうち、後の方までが大事になっていく。
貴方にはそういった〝文明の|潮流《トレンド》〟も、伝えてほしい』
彼女はなおも私を|見据《みす》えて、そう言った。



どうやら私も、重責を|任《まか》されたようだ。
そういえば、約260年の天下泰平を|享受《きょうじゅ》した
江戸時代末期の人骨は、史上最も貧弱だったともいう。
もしかすると〝|サタンの平和《パックス・サタナ》〟が到来したのは、
新帝種族とその友好種族達の、優しい理想の
おかげだけではなかったのかもしれない。

『人々自身の向上と活用?』
『技術が進んで社会活動が省力・複雑化すると、
人々の仕事は加速度的に進歩する技術を使って、
どんな社会を作るか考える、政策に移っていく』
……確かに、個人や集団にできることが増えるほど、
社会全体でどうすべきかの調整が必要になるだろう。

『言われて動くだけでなく、どうすべきかを決めるには、
より高い教育や、それを支える健康が必要。
必要な時は大勢が動くが、衆知も活かせるように、
政策の広域化と分権化も必要になる。
ほら、人類の歴史でもあったはずよ。
貴方達にも覚えがあるでしょう?』
ああ、そういえば国際政策の理念にもあったな。
〝人間の安全保障〟とか〝平和と協働〟とか……。



『技術が低く、食べるだけでやっとの時代に、
資源枯渇や格差拡大が起きた場合、まずは
国民達に領土を広げさせるのが最大の解決策だった。
富を得るための開拓や戦争という技術的政策の中で、
虚弱者・粗暴者・短慮者や時代遅れの組織も
淘汰され、人や制度の問題も〝解決〟した』

『でも、もう少し技術が進んで社会が豊かになると、
富を分けるための経済・社会政策も重要になる。
国力を増す産業投資や犯罪・内乱を防ぐ社会保障は、
技術革新や保健・教育、社会組織の改善にも役立つ。
面白いことに、技術水準こそ違え私達の星間帝国も、
途上種族の歴史と同じ|過程《プロセス》を繰り返していたのよ』
私は反論しようとしたが、できなかった。
彼女達は、そして人類も、現に|長年《ながねん》そうしてきたのだ。