【ユヴァル・ノア・ハラリ】

 

 

モノ(技術の客体)を作り社会を豊かにする自然科学的技術と、

ヒト(政策の主体、技術の客体)を動かし(社会を健全に保つ)政策を

助ける社会工学的技術の、どちらが凄いのかを考えたことがあります。 

 

アダム・スミスのピン工場の例えによれば、

後者の組織的分業技術は生産効率を数百倍に上げますが、

発電所のような数百万KWまでは可能にしません。 

ただし自然科学的技術の力を基礎としたうえで、

その力を人類の繁栄に使うか、滅亡に導くかを分ける政策を助ける

という意味では、遥かに大きな技術ということができると思います。

 

興味深いことにこの構造は、ある技術水準において社会に働く利害調整政策と、

その限界を突破するために新技術導入を助ける政策との関係と、対称形をなします。

 

 

政策的な次世代技術導入にあたっては、天然資源や国際関係など

自然・社会環境が大きく影響しますが、

その環境は在来技術の元で社会に働いた利害調整政策の結果なので、

技術的政策は利害調整政策を基礎としているともいえるからです。

 

技術が進むと社会が変わり、政策も変わって次の技術を生むなかで、

技術と政策も(広義では社会の一部として)助け合うのは面白い!

 

 

また、技術的な難易度や社会変化の順序から、

そのような〝文明の循環(サイクル)〟を重ねる中で、

技術にできることが増えるほど、政策がすべきことも増え、

〝モノを作って分けたなら、ヒトも高めて活かしましょう〟という

〝文明の潮流(トレンド)〟が生じます。

 

 

電算・AI技術は人間にしかできなかった定型的・創造的な知的活動も補助し、

向上させて社会工学的技術の力も劇的に増幅するので、

それを使う人間の能力や協力を高める政策も一層重要になると説いたのが、

先生の『ホモ・デウス』や『ネクサス』だったと思います。