インターネットが普及してから
もっというとスマートフォンが普及してから
ずいぶん立つような気がする。
それらが無い時代はニュースは家で見る、新聞で読む。そんなものだった。
視聴者は、読者は、受けとる存在だった。
最近ニュースでもSNSでも……発信されたら瞬時に見ることができてしまう。
そのうえ見た側は拡散することも意見を述べることも可能だ。
インターネットでのニュース…
日常を消費していかねばならない誰かが無責任に確証もないことをさも本当に見てきたかのように文章を作りあげて、『ニュース』という触れ込みで載せられたりしている。
ニュースは真実、現実を伝えるもの。
と私は思っている。
こうだろう、こうなんじゃないか?
と、曖昧な何かに惑わされるのはニュースとはいわない。推測なのだ。
最近のニュース
有名人の逝去の話が多く悲しくなる。
しかし事実とは別に憶測が飛び交う。
亡くなった方を悼む気持ち。大切に思う気持ち。
そんなものをないがしろにするかのような
ニュースのふりをした推測。
意見や批判も大事なこともあるのかもしれない。
でも…今の社会はそっとしておくことができないのか…
事実を後からしるのでは気に入らないのか…
とにかく瞬時に思ったことを書き込んでしまえる。
ニュースを発信する側も受け取る側も
考えて欲しい。
当事者はどんな気持ちか。
本当に大切なのは
結局人としての思いやりだと思う。
溢れるニュース。
悲しみや怒りを抱くけど。
嬉しいニュースもたまにある。
そんな中、冷静に読み解く力が必要なんだ。
こんな時代だからこそ、ニュースのあるべき姿を考える夜。