虫くんは某国へ旅立ってからというもの、
この1年がすべて夢だったのではないかと本気で疑うほど、
表面的にはなにも変わらない毎日が淡々と流れている。

いまだ虫くんのいない生活が信じられないでいる。
いや、虫くんがいた生活の方が、むしろ信じられないことだったのか?



海を隔てて離ればなれになった直後は、頻繁に彼の方から電話がかかってきた。
ともに日本にいた10年で、たった1回しか電話をくれたことがないのに、だ。
そして、毎日何時間もスカイプでメッセージのやり取りをした。
 「日本からのお客さんをこれから迎えに行ってくるよ。」
だとか、
 「これから語学のレッスンだよ。宿題やってないよ。」
だとか、
 「ねえ、こっちで車はなに買ったらいいと思う?」
だとか、本当に他愛もないことを。



虫くんが旅立つその日、わたしは資格試験の会場にいた。
合格したら、それの報告にかこつけて連絡を取るためのネタにしようとしていた。
結果は、見事合格。
虫くんは「やるじゃん!」と、彼らしいさっぱりとした褒め方をしてくれた。
うれしかった。



虫くんが旅立って半年。
現地時間の朝、職場でパソコンを立ち上げるとともにスカイプにログインしてくれていたのが、
いつしかログオフのままの日が目立つようになった。

わたしだけでなく、虫くんにとってもまた、あの1年は夢のような非日常だったのかもしれない。
いま、ゆっくりと虫くんはその夢から覚めていっている。
わたしひとりが、必死でその夢から覚めていないふりをし続けている。



「ラブ、いつ来るの?」

ネット上でのやり取りがひと月続いたある日、唐突に虫くんはわたしに尋ねた。

「まだ、3年もあるんだし、いちばんいい季節に会いに行きたいな。」

「そんなこと言ってると、3年なんてあっという間に終わっちゃうぞ。早くおいで。」

あの時、彼はわたしへの思いを募らせていてくれたのかもしれない。
あの時、すぐにでも会いに行けばよかった。
あの時、わたしはこの奇跡のような時間がこの先もずっと続くんじゃないかとのぼせていた。



そろそろわたしも夢から覚めなければならない時が来ている。



決して彼を失うわけじゃない。

元のかわいい妹分に戻るだけであって、虫くんはいままでと変わらずわたしの力になってくれるはずだ。
ただ、お互いを特別な存在として認め合うあのまなざしを向けられることは、
もうないことがたまらなく悲しい。

確かに、彼はわたしの指を愛おしそうになでながら、
わたしの瞳をじっとのぞきこみ、
すべてを包み込むような笑顔でわたしを暖めてくれた。
照れた顔をわたしに見られないようにと、背中から冷えた体を抱きしめてくれた。

それももう、夢の中のお話。



どうして出会ってしまったんだろう。

決して結ばれることのない、人生で唯一特別なひとに。

では、出会っていなかったら?

きっとこれほど人生の深さを知ることなく、一生を終えていただろう。



そろそろ夢から覚めましょう。わたしも。



確かにある時期わたしたちの人生はクロスしていた。

その間、わたしは虫くんと世界を共有したくて、さまざまなことをかれから学び、
かれの隣にいてふさわしい女性になるために、身なりや仕草に気遣い、
自分を高める努力をし続けた。
少しでもかれのステージに近づきたくて。

またいま少しずつ、ふたりの人生は別々の方向へと別れていこうとしている。

でも、虫くんとの出会いは確実に血となり肉となってわたしの体の一部となっている。

 「こんな時、虫くんならどうするだろう?」

これまでかれが発した言葉や、その生き方は、
世の中を見る物差し(価値観)をわたしのなかに形作った。

そして、これほどまでに深くひとを愛することの喜びと切なさも教えてくれた。
世界のどこかでただ居てくれるだけでいい。
かれが同じ世界に存在しているというだけで、
どれだけわたしが勇気づけられ、励まされていることか。
この瞬間、世界のどこかで幸せでいてくれることを、ただひたすらに祈っている。



物理的な距離も時間も関係なく、たとえこの先会うことが叶わなかったとしても、
かれはわたしのなかで存在し続け、一生涯影響を与え続けるだろう。
心の中ではいつも虫くんがそばにいてくれる。
迷ったときは、いつでも心の声に耳を傾ければいい。



いま虫くんから「おやすみ」のメッセージが届いた。

愛おしい。

今日このメッセージが最後になったとしても、虫くんへの想いはきっと変わることがないといま確信できる。

休日だというのに早起き。
今日は試験本番なのだ。
しかも、午前と午後のダブルヘッダー。
はぁー・・・ダルい。

かなりしんどいスケジュールを、さらにダルくさせているのは、
虫くんの出発に他ならない。
飛行機が飛び立つ13時、
私は冷静でいられるのだろうか?



長い1日になりそうだ—————



「行ってきまーす(どよ~ん)」
重たい足を引きずって玄関を出る。
この数ヶ月せっかく勉強してきたのだから、試験だけは受けないとね。
急いで駅へ向かおうとしたその時、ポストの中に荷物が届いているのに気がついた。
途端に鼓動が早くなって、その大きめの封筒を慌てて手に取ってみると、
かつて私と虫くんが一緒に勤めていた会社のネームが入っていた。

「あ、虫くんからだ。」

胸がグッと熱くなる。
とりあえずバッグへ封筒を突っ込んで、足早に駅へ向かった。
落ち着いたところで早く中身を確認したい。
早く、、、早く、、、

目的地に向かう電車の中、虫くんから届いた封筒を取り出す。
ふぅっとひと息ついて、ていねいに封を切った。
そこには虫くんから直接受け取るはずだった白いマフラーが入っていた。
ぶわっと涙があふれそうになるのを乗客達に悟られないよう、
マフラーに顔をうずめた。
虫くんのにおいがする気がした。



ようやく気持ちを落ち着けてマフラーを封筒に戻そうとすると、
なにかまだ中に入っていた。
虫くんの新しい名刺———
なんて立派なお名刺でしょう。後光が射してる。
そして、もう1枚のカードには、虫くんからのメッセージが書かれていた。

「いつもありがとうね。
 ○○で会えるのを
 楽しみにしてます。
           ムシ」

そうだよね。
私たち、きっとまた会えるよね。

ヨッシャーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!

今日の試験、絶対合格してやるっ。
直前模試は30点しか取れなかったけど。
合格の報告を口実に、虫くんに連絡しちゃうんだもんね。
がぜんやる気がわいてきたわ。



試験会場に到着すると、バッグからマフラーを取り出して
ひざの上に置いた。
虫くんの名刺を胸にあて、神頼みならぬ、虫くん頼み。
このお守りたちがあれば、きっとミラクルが起きるわ。

私、がんばるからね。
虫くん、気をつけて行ってらっしゃい。

今頃、虫くんは最後の挨拶まわりに忙殺されているかしら?
忘れ物を受け取るという口実で、無理やりに予定をあけてもらえることになったけど、どうなることやら。
5分でいいから、もう一度だけ会いたい。

定時に仕事を終えて、虫くんの携帯にメールを送る。

「自宅で待機しているので、遅くなっても大丈夫だから連絡下さい。」

ほどなく返信が届く。

「メールありがと。くたくたです。
 今日の夜は、いまのことろ予定が立たない状況なので、
 とりあえず、マフラーは送っておきますよ。住所教えてください。」


へっ?!


マジでかぁぁぁぁぁ!!!


ひぃ~~~(;>ω<)/
そりゃないよぉ。すっかり会えるもんだとばっかり・・・・・
ふんっ。マフラーなんていらないよーっだ。

「そっか。忙しいよね。
 マフラーのことは気にしないでいいよ。
 ひと目会いかっただけの口実だもん。
 処分しちゃってください。」(←最後の1行は完全にふてくされ)

「処分だなんて、気わるいよ(笑)
 送るから住所教えて。」

私ってば、大人気ない。(反省)

「じゃあ、お願いします。無理しないでね。」

とほほ。
またしても、期待してダメージ倍増。
データ2で検証済みのはずなのに。。。

明後日の13時の便で彼は発つ。
その時、私は試験真っ最中。
試験なんて受けてる場合かっ。
ま、家でウジウジしているよりマシかも。

1年前から、こうなることはわかっていたはず。
なのに、この虚脱感・・・・・

最後のデート以来、虫くんからの連絡はない。私もしてない。
そりゃそーだ。
あんな「今生の別れ」のようなメールも送っちゃったしなー。
日本を発つまでの残り1週間、虫くんはご実家に帰って、
ご家族との時間を過ごすという。
この中途半端な間———
いっそ早く遠くへ行ってしまえばいいのに。

虫くんに褒めてもらいたいがため“だけ”にしていた資格の勉強も
すっかりヤル気減退。
気がつくと、魂を抜かれたように視点が定まっていない私。
(危なすぎっ!)
だって、試験日が虫くんの出発日なんだもーん!(号泣)
完全に目的を見失ってしまった。
もお、止めちゃおうかな。


——— ブルブルブルッ ———


ん? 携帯にメール着信。

「Skupe名って結局なんだっけ?
 いまつなげられる?テストしてよい?」

え?え?ええ~~~っ?!
虫くんってば、ご実家から電話してくれるつもりなの?
そういえば、日本との連絡はSkypeを使いたいって言ってたような。
ご家族がまわりにいるはずなのに、大丈夫??
待ち合わせでもないのに電話だなんて、この10年で2度目の快挙だわ。
そ、それより心の準備が・・・

毎度のことながらアワワアワワしながら返信。

「いま大丈夫よ!Come on!」

すると冷静に、

「come on は、いいんだけど、で、Skype名は?」

アワワアワワ。
もぉ、ほんと虫くんの前では自分がバカに思えて恥ずかしい。

あらためてSkype名を教えて、待つこと数秒・・・


——— プルルルルッ ———


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!


ど、ど、どうしよう・・・・・
出た方がいいのかな。って当たり前だっ!

ラ:「も、もしもし?」
虫:「もしもし?」
ラ&虫:「あはははーっ!!!」(大爆笑)

ああー、もぉー、お互い照れちゃって笑いが止まらないよ。
とりあえず笑とけ、笑とけ。はっはっはー。

ようやく落ち着いて、ひと通りSkypeの機能をチェック。
やたらと「なるほどね」を連発する虫くん。
まだ照れてるのかも。

ラ&虫「はぁ・・・・・(長い沈黙)」

お互い耳を澄ます。
東京と○○、別々の空の下、相手の息づかいを感じる。
やっぱり離れたくないなぁ。
「離れたくない」だなんて、いつも近くにいたわけじゃないけど、
何かあれば虫くんが助けてくれると思えたから、これまでがんばってこれた。
虫くんに褒めてもらいたくて、女を磨く努力を続けてきた。
あと数日で遠くへ行ってしまう。
帰ってくるのは3年後。
この間、きっといままでのような関係ではいられないだろう。

ラ:「そういえば、マフラーどうしたかな?」

切ない想いを悟られないよう、デートでの忘れ物の話を切り出した。

虫:「おう、会社のデスクにしまってあるよ。
   出発前に東京で挨拶していくから、そのとき渡そうか?
   時間はちょっと読めないけど。」

最後にひと目会えるんだ。

ラ:「うん。何時でもいいから連絡待ってる!」
虫:「じゃあ、おやすみ。」
ラ:「おやすみ。」

しばらく虫くんがログアウトしたPCの画面を見ていた。
まだ胸がドキドキしている。
さよならは、もう少しだけ先延ばしになった。

思い返してみると、虫くんとのデートはしとしと小雨の日が多かった。
だから、手をつないで歩くことも少なかったし、
open airなお店も店内の席だったり。
今日のデートも私のリクエストで、夜風と景色の気持ちいいBarへ
連れて行ってもらう予定なのに、また無理そうだ。
雨女って、ほんとヤダ。

虫くんとのお別れが近づいている。
7月の初めにはかの国へ出発してしまうとは聞いているけれど、
実際、いつなの? とは怖くて聞けない。
聞いてしまうと、自分のなかで現実感が増してしまいそうで。
でも今夜きっと、自分から聞いてしまうんだろう。

今夜のメインは、2軒目のBar。
その前に銀座で和食をいただいく。

「白身の刺身が食べられなくなるんだよなー。
 自分で釣って食うか?(笑)」←子供のような笑顔がキュート♪
「こういう出汁のものはしばらく食えないな・・・」

会話の端々に近く来るだろう別れの予感が漂う。

ついに我慢できず、出発の日を聞いてみた。
予想以上に早まっていて、来月の初めだという。

「ああ、そうなんだ。」

それ以上、言葉が続かなかった。



店を出たら、雨は止んでいた。

「少し歩こうか。」

早足の虫くんの少しうしろを、わたしがちょこちょこついて行く。
手をつなぎたいな。
いまつながなかったら、きっともう一生つなげない。
でも、知り合いに会う確率が高いエリアだから、無茶はできないし。

なんて考えているうちに、タクシーを捕まえて乗り込んだとき、
ちょっとした事件が起こった。

「六本木まで。」と聞くと、タクシーの運ちゃんは露骨に嫌な顔。
それを見た虫くん、

「じゃあ、もうええわ。気分悪い。降ろして!」

とキレてしまった。(笑)
わたしも虫くんに劣らず武闘派なので、内心「やれやれ~♪」と
思ったものの、これで今夜のデートが台無しになっては大変なので、
とりあえず「どぉどぉ~」となぐさめ役にまわっときました。

ほどなく次のタクシーをゲット。
(実は、その前にトラブったタクシーを再び止めようとしてしまうというブラックジョークもあったのだが)
本日のメインイベントへ!

車中、銀座での食事代を渡そうとお財布を出すわたしを虫くんが遮った。

虫:「今日は、いいよ。」
ラ:「え、いいよ。今日は割り勘で豪遊する趣旨だったでしょ?」
虫:「いいよ。最後だから・・・・・」

絶句———

口にして、虫くんも不意に実感してしまったようだった。
わたしは、「ごちそうさまでした」のお礼さえ、言い忘れてしまった。

タクシーを降りて、週末の人波をかき分けて行く。
早足の虫くんとはぐれないよう、そっとかれの腕を取った。
我ながら、とても自然な成り行き。
次に気付いた時、わたしの右手はしっかりとかれの手に包まれていた。
いかにもいとしそうに、親指をなでられながら。

それから、少々冒険気分で、目的地である隠れ家Barをふたりで探した。
あれかな? それともこっち??
とても楽しいひととき。
このまま見つからなくたって、ちっともかまわなかった。

無事にたどり着いた店は、マンションの8Fにあった。
念願の屋外席は、案の定、悪天候のためクローズとのこと。
「次はぜひ晴れの日に、また来てください」とバーテンさんには
言っていただいたけれど、きっと次はない。
虫くん以外の人とは。

虫くんとたくさん話をした。
わたしたちが出会ってからのこと、これからのこと。
ふたりとも、いつも通り大笑いしてじゃれあっていたけれど、
時折ぱたっと会話が途切れ、何度となく見つめ合う。
虫くんは連日の送別会疲れから睡魔に襲われ、朦朧としていたのだろうけど、わたしがジッと瞳をのぞき込んでも、視線を外さずにいてくれた。
いつもはシャイで、すぐに目をそらしてしまうのにね。

虫くんの指が、わたしの背中をなぞる。
まるで、となりにわたしがいるときは、いつもそうしているかのように。
わたしもまた、いつもそうされているかのように、
静かに、背中に触れる虫くんの指に集中していた。

やがて・・・・・・

虫くん、就寝(笑)

このひとって、デート中必ず寝る(笑)
ほかの人とのデートでは、どうなんだろう?
とりあえず、学生時代の仲間との飲みでは、
10割の確率で寝てしまう。

しかし、わたしは恒例のこの時間が好きだ。
かれの端正な横顔を、遠慮なく眺められるから。
なんてきれいな寝顔なんだろう。
いま、目の前に世界で一番好きなひとがいる。
そのひとの髪をなでる。
そのひとの指に触れる。
これが最後。本当に最後。

気がつけば、白々と夜は開け始めていた。

終わってしまった。




帰りのタクシーで、虫くんはずっとわたしの手を握っていてくれた。
いとしそうに、わたしの指をなでながら。
最後の曲がり角を運転手さんに告げたとたん、
なんだかたまらなくなってしまった。

「ああ、着いちゃった。」

思わず口をついて出た言葉。
虫くんはクスっとして、強く手を握り直した。
そのとき、わたしはかれの顔を見ることができなかったけれど、
その笑顔に、別れの寂しさは浮かんでいたのだろうか。

「じゃあ、おやすみ。」
「ありがとう。気をつけて、行ってらっしゃい。」

あっけない程に、さっぱりとした別れの挨拶だった。



薄明るくなった部屋で、ぼんやりとベッドに座っていたが、
不思議と涙は出てこなかった。
虫くんもタクシーでひとり、なにを考えているんだろう。
おもむろに、携帯で虫くんにメールを打った。

「最後のデートもとても楽しかったです。
 今までたくさんわがままをきいてくれて、本当にありがとう。
 気をつけて行ってらっしゃい。」

こんなメールで、なにが伝わるというのだろう。

最近、資格の勉強を始めた私。
虫くんに褒められたいためだけという、不純な動機ではあるけれど、
自分でも驚く程、勉強がはかどるはかどる。
虫くんとのお別れまでには良い結果を報告したいものだわ。

それにしても、
虫くんとのお別れに向かって、カウントダウンは始まっているはずなのに、当の虫くんからのお誘いは一向になし。

「メシ食いにいこうね。忙しくてなかなか時間取れなくて、すまんす。」

もう、何ヶ月たつと思ってんのヨーーーーー!
スーパービジネスサイボーグの虫くんの中で、
私の優先順位が異常に低いのはわかっていたけど、
こうも思い知らされると、凹む。
待っているだけじゃ、らちがあかない。ってことで、

「最近、勉強ばかりしていて、すっかり引きこもり気味のラブです。
 たまには連れ出してほしいな。」

「だめだよ。引きこもっちゃ。
 来週の水曜あたりどうですか?」

さすが虫くん。話が早い。
私が望めば、なんでも叶えてくれるのよね。
虫くんから「会いたい」ってお誘い受けたことないけど。

飯倉のカジュアルな割烹を予約してくれた当日、
虫くんはいつも通り少し遅れてやってきた。
職場を離れるギリギリまで働かされているらしい。
大人気の虫くんを、みんなで取り合いっこ。
遠慮していては、何ヶ月たっても私の番はまわってこない訳だ。

到着早々、虫くんから「実はまだ(会議)やってんだよね」
との不吉なお言葉。
これは、呼び出しがかかるかもしれないっていう伏線ですか?!
やだよぉぉぉ~(>_<)
だって、今日は私のリクエストした六本木のOpenAirなBarに
連れて行ってくれるって言ったじゃない。
まだ肌寒いこの時期だけど、防寒具も持って準備万端なんだから。
お願い、職場の皆さん。
残り少ない虫くんとの時間を奪わないでください。

食事中、何度も携帯が鳴って席を外す虫くん。
これまで、こんなこと一度もなかったのに。
本当に今日は無理をして時間を作ってくれたんだね。
しかし、のんびり食事をしていて、なかなか職場に戻る様子がない。

「戻らなくていいの?」
「うん・・・・・ごめん。」
 ガーン!(絶句)やっぱりですか。

すぐにでも戻らなきゃいけないのに、なにも言わないなんて。

「うん、わかった!」

今日は諦めよう。虫くんを困らせたくないもの。
気を遣わせちゃってごめんね。

途端にがっついて、早々に食事を終わらそうとする私に、
「ゆっくり食べて大丈夫だよ(笑)。」とやさしく微笑む。
食べ終わってからも、しばらく動こうとしない虫くんに、
こちらから「行く?」と促すと、
「うん、じゃ行こっか。」と申し訳なさそうな顔をして席を立った。

お店を出て、手みやげの日本酒を渡す。

「何時から会議なの?」
「うーん、俺待ちなんだよね。
 俺なしで、勝手に始めててくれりゃぁいいのにさ(笑)。」
「!!!」

なんですと!?
ひっきりなしに、携帯が鳴るわけだわね。
急いで彼を職場までタクシーで送るその車中でも、携帯は鳴りっぱなし。

「ほんと大人気なんだから(笑)」
「大人気なんかじゃないよぉ~(笑)」

5分程で到着。

「じゃ、ラブまたな!」

ポンと軽く私の背中をたたいて、
颯爽とビルの夜間口に向かって歩いて行った。

「行ってらっしゃい!」

すでに戦闘モードの虫くんは、私の声に振り向きもせず、
左手を挙げて応えるだけだった。

——— 23:30 ———

携帯に虫くんからメールが届いた。

「戻ってきました。
 マフラー入っていたよ。」

しまった! 日本酒と一緒に渡しちゃった。

「ごめんなさい。実は今夜のbarに備えて持ってきてたの。
 申し訳ないけど、預かってて下さい。」
「そっか。重ね重ね、ごめんね。
 GW明けでリベンジしましょう。」

やった♪
なんだか、次回会う口実を作ったみたいで恥ずかしいけど。

今夜は少し物足りないデートだったけど、
会っている時間の長さは問題じゃない。
たとえ会う時間は短くても、頻繁に会う機会を作ってくれる方が
私はうれしい。
やがて私たちのデートが“特別”ではなく、“日常”になればいいのに。

虫くんからの“ちょっと早めのお誕生日おめでとうメール”をもらってからというもの、
実際の誕生日にむけて、いやがおうにも期待は高まる一方!

ダメ、ダメダメ!
期待するから、裏切られて傷つくの。
だ~いたいの誕生日を覚えていてくれただけで奇跡的なんだから
そこで満足しなきゃね。

そう自分に言い聞かせるものの、まさに日付が変わる瞬間には
携帯を握りしめ、正座状態となっていた(笑)

ブルブルブル・・・・・・

きゃあっ!
ほんとに0:01にメールがきちゃった~。
恐る恐る開封してみると・・・・・・べつの方からでしたー(T_T)
いや、泣くことないのよね。
あなたも覚えていてくれて、ありがとう。

結局、虫くんは当日どころか、数日なんの音沙汰もなかった。

私ったら、なにをガッカリしているんだろう。
出会って10年目にして、やっと誕生日を覚えてもらえて、
お祝いのメールまでいただいたではないの。
これで満足しなくっちゃバチが当たるわ。

そうそう、これが普通なのよ。と極力前向きに迎えた週明けの夜。

ブルブルブル・・・・・・

(こんな時間に、誰からメールかしら?)

「Buon compleanno!

 今度は遅くなっちゃったね。
 スマンス!」



ウヒャ~~~~~~~♪♪♪



なんてキュートな文面なんでしょう。
きっと、誕生日を誤って早めに記憶していたことを気にして、
当日にあらためてメールを送ろうとしてくれたのでしょう。

その気持ちがうれしいじゃあ~りませんかっ!

でも、日々お仕事に忙殺されている虫くん。
今度はうっかりすぎてしまった。

これまた自然で、おっちょこちょいな彼らしさが出てる。

とにかく何度も言うように、
虫くんは世界一のめんどくさがり屋さんで、
世界一の気分屋さんで、
自分の興味のないものには、一切執着をしない人。
今回は、もろもろ好条件が重なった上での奇跡としか思えない。

感動のあまり震える指で、即レス。


「ううん、ありがとう。大好き。」


この10年、ずっと胸にしまっていた言葉を思わず送ってしまった。
自分に自身がなく、怖くて言えなかった言葉。
虫くんの反応を気にするあまり、自分の気持ちを抑えてしまい、
これまで本当に苦しかった。

いまは、どれだけ私が感謝して、尊敬して、大好きなのか伝えたい。

その夜、虫くんからの返信はなかったけど、気持ちは満たされていた。
大の照れ屋さんの彼が、今頃、
そのメールに面食らっているか、
はたまたニンマリしているか、
想像すると楽しかった。


———翌日の朝———


ブルブルブル・・・・・・

「Anch’io」(ぼくもだよ)

だって!

なぜ、男性は誕生日や記念日が記憶できないのか?

ま、覚える気がないってだけなんでしょうけど。
でも、女性なら覚える気がなくても記憶してしまうものですよね。



かれこれ虫くんとは10年のお付き合いになるけど、
去年は誕生日当日に連絡を取り合っていたにもかかかわらず、
結局気付いてもらえませんでした(泣)

わたしの情報ってば、ほんと優先順位ひくぅ~っい。

ま、もともと期待してないけどさ。
いいさ、いいさ、とイジけていたら、な、な、なんと!

「あれ?
 そういえば、お誕生日だよね?」

*%&※$¥@×#?!!!!!!!

なぜ知っているの?!
ってゆーか、
いままで何回となく、巧みに、さりげなく会話に織り交ぜても、
まったく覚えていなかったのに、なぜ今年だけ?!


しかも、ビミョーに数日ズレてる・・・・・・


だけど、うれしい♪ うれしすぎるっ♪♪

「今年もよい年でありますように。」

だって。
信じられる?!
じ~~~~~~~~~~~~~~ん(感涙)

こんな言葉を虫くんからいただけるようになるなんて、
人生、いまが一番乗ってるな。
追い風吹きまくっとるね。
うん、間違いない。

そういえば、昨年末、
虫くんからこんなメールが届いてたんだった。

「来年に先送りしたことがいっぱいあるので、また、来年ね!」

これって、わたしのバースディも含まれてます?

期待しちゃおうかなー。
でも、いままでさんざんガッカリしてきたしなー。
はぁー・・・・・

お昼に突然、虫くんから携帯にメールが届いた。

いつもながら少々心臓に悪い。
まったく期待していないでいると、忘れた頃に連絡をくれる。
返事をくれないことには慣れたけど、
向こうから連絡をくれることに、いまだ慣れないMなわたし。

「あした空いてる? ○○(彼の同期)とご飯食べるんだけど、
 いっしょにいかが?」

———「あした空いてる?」———

にゃんていい響きなの~・・・
ん?
その後ろに気になる文章がついているけど。

この○○さん。彼の同期で唯一の独身。
彼も認めるすてきな方なのに、ご結婚どころか彼女の気配すらゼロ。
以前、羽沢ガーデンで虫くんに「紹介しようか?」なんて
薦められたこともあったけど、丁重にお断りしたことがあったっけ。

まさかとは思うけど、お見合いを仕込む気じゃないでしょうね???

「一緒にご飯は食べたいけど、
 3人で食べることに、とくに意味はないよね?」

念のため、確認してみた。

「ハハハ。華がないとね。考えといて。」

やっぱり!
虫くんって、ほんと、ウソがつけない人だ。

虫くんにはモーレツに会いたかったけど、
明日はお稽古とでも言って、お断りましょう。
彼の前で、ほかの人に目が向くわけなんかないもの。
そんなことより、わたしに男性を紹介することに対して、
虫くんがなんにも感じていないことが悲しかった。

——— 翌日21時 ———

仕事の帰り道、
今夜の予定が少し気になって虫くんにメールしてみたけど、レスがない。
空腹と寒さに、恋しくなってしまったみたい。
予定通りまっすぐ帰宅すると、0時過ぎに返信がきた。

「すまんす。いまメール見ました。」

うっそーーーん!!!

「気乗りのしない会合はキャンセルで間違いなし!」

なーんだ。全部お見通しなのね。

ひょっとして、だれかにわたしを呼び出すよう指示されたのかしら?
King of めんどくさがりの彼がお見合いの場をセットするなんて、
聞いたことがないもの。
頼まれて、嫌々わたしに連絡取って、わたしが断ってほっとした——
ってなことだったら、うれしいのになぁ。

虫くんからメールきましたぁ~~~!(号泣)


もう、ほんとに嫌われてしまったかと思った。
もう、ほんとにうっとうしがられたと思った。
もう、ほんとに連絡がこないと思った。
もう、ほんとに・・・・・・よかった(感涙)


--- 12:15 職場にて ---

すでに、ほとんどの人がランチに行ってしまい、
閑散としたフロアでひとりキーボードを叩いていたわたし。
バレンタインデー以来、虫くんからの連絡はない。
PCのモニターにメールの新着マークがつくたび
一喜一憂するのは、疲れたのでもうやめた。

虫くんとの本当のお別れまでにわたしがしたかったのは、
彼からの愛情を得ることではない。
この10年のわたしの想いを伝えることだ。
素直に、愛情を伝えることだ。
でも、この想いさえも伝えることを拒絶されたら、
そのときは、静かにわたしの中で彼を想い続ければいい。
それは、わたしの自由だもの。

そんな少々深刻に思い詰めていたときのこと。

ブーン、ブーン、ブーン、、、

バッグの中で携帯のバイブがうなってる。

!!!

とたんに胸が高鳴る。
だって、ゼッタイ虫くんからの連絡だもの。
わかるんだもん、見なくったって。

「今日、お昼は?」

ああ、覚えていてくれたんだ・・・・・・
ひと月くらい前に、ある事情で今週が『ランチ強化週間』だって連絡したこと。

「強化週間だから、おいしいところで。つれていってくれる?」
「よいよ。出れるの? お店は決めてね。こっちは、もう出れるよ。」
「じゃあ、○○で。12時半過ぎに。」
「了解」

なんともスムースな会話。
この間、2分。

さっきまでの約1週間続いたわたしのクヨクヨは、
一体なんだったのかしら?
いつも風のようにわたしの前に現れては、また風のように去っていく人。

やりかけの仕事は全部うっちゃって、
コートとバックをつかんでトイレにダッシュ。
お化粧と髪をざっと直して、地下鉄の改札へまたダッシュ。
電車でひと駅の間も、窓に自分を映し最終チェック。
自然と顔がほころぶ、幸せそうな自分がいた。

ホームに電車が滑り込むと同時に、虫くんからの電話。
彼はすでにお店の前に着いているとのこと。
わたしが駅まできていることを伝えると、お店の前で待っていてくれた。

角を曲がり、彼の姿を見つけて胸がキュンとなる。
恥ずかしくて、彼を正視できないまま駆け出すわたし。

「走らなくてもいいのに(笑)」

背中に彼の手を添えられて、店内に入る。
「会いたかったよ。すごく会いたかったんだから。」
心の中でつぶやく。

わたしが会社へ戻らなければならない時間ギリギリまで、
他愛もないおしゃべりをした。
話題なんてどうでもよかった。
わたしも彼も、無言の時間を埋めるためだけのような、
本当に他愛もない話をしているようだった。

わたしは時々、彼の話を聞いているふりをして、かれの瞳を
じっと見つめていた。
それを不思議そうに、かれもわたしの瞳を覗き込んでいた。
いつもならば、恥ずかしさで視線をそらすわたしだけど、
今度いつ会えるかわからないかれの端正な顔を、
この日は目に焼き付けておきたかった。

気がつけば5ヶ月ぶりの再会。

今日から5ヶ月後に、彼はもういない。