虫くんは某国へ旅立ってからというもの、
この1年がすべて夢だったのではないかと本気で疑うほど、
表面的にはなにも変わらない毎日が淡々と流れている。
いまだ虫くんのいない生活が信じられないでいる。
いや、虫くんがいた生活の方が、むしろ信じられないことだったのか?
海を隔てて離ればなれになった直後は、頻繁に彼の方から電話がかかってきた。
ともに日本にいた10年で、たった1回しか電話をくれたことがないのに、だ。
そして、毎日何時間もスカイプでメッセージのやり取りをした。
「日本からのお客さんをこれから迎えに行ってくるよ。」
だとか、
「これから語学のレッスンだよ。宿題やってないよ。」
だとか、
「ねえ、こっちで車はなに買ったらいいと思う?」
だとか、本当に他愛もないことを。
虫くんが旅立つその日、わたしは資格試験の会場にいた。
合格したら、それの報告にかこつけて連絡を取るためのネタにしようとしていた。
結果は、見事合格。
虫くんは「やるじゃん!」と、彼らしいさっぱりとした褒め方をしてくれた。
うれしかった。
虫くんが旅立って半年。
現地時間の朝、職場でパソコンを立ち上げるとともにスカイプにログインしてくれていたのが、
いつしかログオフのままの日が目立つようになった。
わたしだけでなく、虫くんにとってもまた、あの1年は夢のような非日常だったのかもしれない。
いま、ゆっくりと虫くんはその夢から覚めていっている。
わたしひとりが、必死でその夢から覚めていないふりをし続けている。
「ラブ、いつ来るの?」
ネット上でのやり取りがひと月続いたある日、唐突に虫くんはわたしに尋ねた。
「まだ、3年もあるんだし、いちばんいい季節に会いに行きたいな。」
「そんなこと言ってると、3年なんてあっという間に終わっちゃうぞ。早くおいで。」
あの時、彼はわたしへの思いを募らせていてくれたのかもしれない。
あの時、すぐにでも会いに行けばよかった。
あの時、わたしはこの奇跡のような時間がこの先もずっと続くんじゃないかとのぼせていた。
そろそろわたしも夢から覚めなければならない時が来ている。
決して彼を失うわけじゃない。
元のかわいい妹分に戻るだけであって、虫くんはいままでと変わらずわたしの力になってくれるはずだ。
ただ、お互いを特別な存在として認め合うあのまなざしを向けられることは、
もうないことがたまらなく悲しい。
確かに、彼はわたしの指を愛おしそうになでながら、
わたしの瞳をじっとのぞきこみ、
すべてを包み込むような笑顔でわたしを暖めてくれた。
照れた顔をわたしに見られないようにと、背中から冷えた体を抱きしめてくれた。
それももう、夢の中のお話。
どうして出会ってしまったんだろう。
決して結ばれることのない、人生で唯一特別なひとに。
では、出会っていなかったら?
きっとこれほど人生の深さを知ることなく、一生を終えていただろう。
そろそろ夢から覚めましょう。わたしも。
確かにある時期わたしたちの人生はクロスしていた。
その間、わたしは虫くんと世界を共有したくて、さまざまなことをかれから学び、
かれの隣にいてふさわしい女性になるために、身なりや仕草に気遣い、
自分を高める努力をし続けた。
少しでもかれのステージに近づきたくて。
またいま少しずつ、ふたりの人生は別々の方向へと別れていこうとしている。
でも、虫くんとの出会いは確実に血となり肉となってわたしの体の一部となっている。
「こんな時、虫くんならどうするだろう?」
これまでかれが発した言葉や、その生き方は、
世の中を見る物差し(価値観)をわたしのなかに形作った。
そして、これほどまでに深くひとを愛することの喜びと切なさも教えてくれた。
世界のどこかでただ居てくれるだけでいい。
かれが同じ世界に存在しているというだけで、
どれだけわたしが勇気づけられ、励まされていることか。
この瞬間、世界のどこかで幸せでいてくれることを、ただひたすらに祈っている。
物理的な距離も時間も関係なく、たとえこの先会うことが叶わなかったとしても、
かれはわたしのなかで存在し続け、一生涯影響を与え続けるだろう。
心の中ではいつも虫くんがそばにいてくれる。
迷ったときは、いつでも心の声に耳を傾ければいい。
いま虫くんから「おやすみ」のメッセージが届いた。
愛おしい。
今日このメッセージが最後になったとしても、虫くんへの想いはきっと変わることがないといま確信できる。
この1年がすべて夢だったのではないかと本気で疑うほど、
表面的にはなにも変わらない毎日が淡々と流れている。
いまだ虫くんのいない生活が信じられないでいる。
いや、虫くんがいた生活の方が、むしろ信じられないことだったのか?
海を隔てて離ればなれになった直後は、頻繁に彼の方から電話がかかってきた。
ともに日本にいた10年で、たった1回しか電話をくれたことがないのに、だ。
そして、毎日何時間もスカイプでメッセージのやり取りをした。
「日本からのお客さんをこれから迎えに行ってくるよ。」
だとか、
「これから語学のレッスンだよ。宿題やってないよ。」
だとか、
「ねえ、こっちで車はなに買ったらいいと思う?」
だとか、本当に他愛もないことを。
虫くんが旅立つその日、わたしは資格試験の会場にいた。
合格したら、それの報告にかこつけて連絡を取るためのネタにしようとしていた。
結果は、見事合格。
虫くんは「やるじゃん!」と、彼らしいさっぱりとした褒め方をしてくれた。
うれしかった。
虫くんが旅立って半年。
現地時間の朝、職場でパソコンを立ち上げるとともにスカイプにログインしてくれていたのが、
いつしかログオフのままの日が目立つようになった。
わたしだけでなく、虫くんにとってもまた、あの1年は夢のような非日常だったのかもしれない。
いま、ゆっくりと虫くんはその夢から覚めていっている。
わたしひとりが、必死でその夢から覚めていないふりをし続けている。
「ラブ、いつ来るの?」
ネット上でのやり取りがひと月続いたある日、唐突に虫くんはわたしに尋ねた。
「まだ、3年もあるんだし、いちばんいい季節に会いに行きたいな。」
「そんなこと言ってると、3年なんてあっという間に終わっちゃうぞ。早くおいで。」
あの時、彼はわたしへの思いを募らせていてくれたのかもしれない。
あの時、すぐにでも会いに行けばよかった。
あの時、わたしはこの奇跡のような時間がこの先もずっと続くんじゃないかとのぼせていた。
そろそろわたしも夢から覚めなければならない時が来ている。
決して彼を失うわけじゃない。
元のかわいい妹分に戻るだけであって、虫くんはいままでと変わらずわたしの力になってくれるはずだ。
ただ、お互いを特別な存在として認め合うあのまなざしを向けられることは、
もうないことがたまらなく悲しい。
確かに、彼はわたしの指を愛おしそうになでながら、
わたしの瞳をじっとのぞきこみ、
すべてを包み込むような笑顔でわたしを暖めてくれた。
照れた顔をわたしに見られないようにと、背中から冷えた体を抱きしめてくれた。
それももう、夢の中のお話。
どうして出会ってしまったんだろう。
決して結ばれることのない、人生で唯一特別なひとに。
では、出会っていなかったら?
きっとこれほど人生の深さを知ることなく、一生を終えていただろう。
そろそろ夢から覚めましょう。わたしも。
確かにある時期わたしたちの人生はクロスしていた。
その間、わたしは虫くんと世界を共有したくて、さまざまなことをかれから学び、
かれの隣にいてふさわしい女性になるために、身なりや仕草に気遣い、
自分を高める努力をし続けた。
少しでもかれのステージに近づきたくて。
またいま少しずつ、ふたりの人生は別々の方向へと別れていこうとしている。
でも、虫くんとの出会いは確実に血となり肉となってわたしの体の一部となっている。
「こんな時、虫くんならどうするだろう?」
これまでかれが発した言葉や、その生き方は、
世の中を見る物差し(価値観)をわたしのなかに形作った。
そして、これほどまでに深くひとを愛することの喜びと切なさも教えてくれた。
世界のどこかでただ居てくれるだけでいい。
かれが同じ世界に存在しているというだけで、
どれだけわたしが勇気づけられ、励まされていることか。
この瞬間、世界のどこかで幸せでいてくれることを、ただひたすらに祈っている。
物理的な距離も時間も関係なく、たとえこの先会うことが叶わなかったとしても、
かれはわたしのなかで存在し続け、一生涯影響を与え続けるだろう。
心の中ではいつも虫くんがそばにいてくれる。
迷ったときは、いつでも心の声に耳を傾ければいい。
いま虫くんから「おやすみ」のメッセージが届いた。
愛おしい。
今日このメッセージが最後になったとしても、虫くんへの想いはきっと変わることがないといま確信できる。