先日、私の友人であるT氏が、
マクドナルドで、竹下市長親子と出くわした。
日曜日でプライベートタイム!
議会中は忙しくなかなか親子で時間を持てなかった
とのことで一時の安らぎだったらしい。
T氏が
「毎日うるさいね。そろそろ市民に説明したほうが
良いのでは?」と聞くと
竹下氏は
「そうですね。自分は何言われようとまぎれもない真実と信念があるので大丈夫ですが、
子どものことを考えるとですね。」
T氏はこのまま黙っていると
家族の事も心配だなと感じたとのことである。
「誰かさん」の掲示板には、竹下氏は1年前に選挙の為に帰ってきたと
記載しているが、家族は7年も前から古賀で生活している。
7年前、そう、問題にされている「国際文化企画」が
設立されたころである。
彼の職歴の事実はこうだ。
「富士ゼロックス」を入社後1年で退社し、
「ジュエルウェルネス」という会社で勤めている。
ここでは大手飲料メーカーや商社とマクロビオテック等
当時、日本では先駆け的な大きな事業を企画・実施していた。
この経歴は隠していないし、新聞社にもちゃんと
この会社の経歴を提出している。
ただ何故かこの部分はいつも削除されている。
後援会の方も、途中の会社だし名刺スペースの問題や肩書きに
こだわっていなかった為、表に出てこなかった。
それで隠していると誤解されている。
騒いでいる「誰かさん達」はこの事実を知らずに
この時期を空白の時期として、
あたかも、宗教団体専属で
フルに活動していたかのように噂を広めている。
その間、教会ではボランティアで、土日を主として活動していたらしい。
それも彼は登校拒否児童や引きこもりの子ども達の世話等をしていたらしい。
また同じ時期、子ども達のために、日本でもおおきな
教育NPOの設立に寄与しているとの話である。
そういった行動や、彼の正直さが人を呼び、
それを教祖が利用して幹部にしたというのが、いきさつのようだ。
ただその後、彼は教祖の怪しい行動に気づき、会社も退社し
大勢の信者と共に教会を後にした。
それから、彼は一切教会とは縁を断ち、
国際文化企画を新たな仲間と立ち上げ、
様々な企画を持ち込み、事業を始めた。
思うにその時、家族だけは福岡に帰らせたというところだろう。
またその頃、中国の国民的音楽家で
日本でもその分野では著名な音楽家と出会い、
コンサート等を運営する仕事などを実施した。
しかし会社の事業はどちらかというとボランティアに近く
売り上げも大きくなく、社員にも給料は払えず、税務申告書にも
【当面給与の支払いは無し】と申告されている。
ちなみにその申告作業など
一切彼は会社の事務作業にタッチしていない。
その申告書は社員の筆跡であり
彼の筆跡ではないとのこと。
当時彼は現場重視形で、あまり会社の運営などには
気持ちがなかったと思われる。
それで彼は会社を仲間に託し、会社を存続させたまま、
一部上場の会社へ就職したのだ。
会社設立間もないころの話である。
この事は警察も雇用保険で確認しており、
紛れも無い事実である。
そういった資料は全て用意されてあり、
本人は要請されれば
いつでも提示すると言っているとのことである。
ただ、私はこの一部上場企業への就職が、
いや、就職できたことが、「会社経営」と「勤務」言い換えれば
「社長」と「サラリーマン」という事に対する意識において、
一般市民との間にギャップが発生したのではないかと考える。
「俺のところには怪文書どころか直接脅迫状が来ているぞ!」
そう言って、皆に一通の葉書を見せるのは、竹下氏支援のM氏である。
その内容はこんな感じである。
「お前もS○X教団の一員だろ!恥をしれ!」
もう無茶苦茶である。いわゆる一つの脅迫事件である。
「ある人達」の仕業かとも思われるが、証拠は無い。
一応指紋を保存し、プリンターの特定まではできているので
保管はしているとの話しもあるが、まぁ送付者の特定は難しいであろう。
竹下氏が一部上場の企業に就職したことは第4話で記載したが、
その会社ではかなり能力を発揮している。
大手企業を相手に大きな事業を行っていたそのT社でも
彼は新規販路を開拓し、事業の発展にその力を発揮した。
その実績を買われ海外勤務の話もでた。
その間、当然のことながら「国際文化企画」の仕事はできないのであるから
会社は他人に任せるしかなかったのである。
これが、会社を十分に把握できていなかった一つの要因ではないかと考える。
彼はかつての宗教団体の教えを振り払い、神道と仏教の勉強をしていた。
後に、T社を退社し、その神道と関わる、とある企画を発案し、
役所と大きな仕事を行っている。
そこにはM党の大物議員も関わっていた。
その時、かの世界遺産「熊野権現」で「心」と「絵」を奉納しているのである。
奉納した絵は著名な女性画家の絵である。
彼はその時の絵(コピー)と企画書、協力した関係者、
政治家等の名簿や名刺などを所有しているようだ。
その後さらに自分の原点は伝教大師最澄の教え天台宗と悟った彼は
ビジネスの対象をアジアでという考えもあり、その玄関口である福岡を活動の場とし帰郷を決心する。
古賀の天台宗・清龍寺は、彼の菩提樹のあるお寺である。
古賀は最澄が唐から帰国の際、嵐に遭い流れ着いたと言われる場所であり、
「花鶴」の語源も最澄が流れ着いた際の現象にあるという言い伝えがある。
これが後に、「遣唐使船再現プロジェクト」に彼が関わりたいと願い、
また関わった理由ではないかと考える。
この辺りの話しはまだ、W氏からの聞き伝えであり、自分もまだ全てを把握できていないので
直接竹下氏に詳しく話しを聞いてまとめようと思う。
「幽霊会社」、という表現は悪意丸出しで、
誹謗するための手段ですよね。
一般の人に悪く思わせるためにはてっとり早い表現ですよね。
三流記事の三流記者が良く使う手です。
と言うのは、福岡市在住のH氏である。
彼の行為を、「幽霊会社」と表記されている記事が、NET上等にあるが、
幽霊会社とはそもそも、登記はされているが、実態の無い会社のことを言うらしい。
脱税などに使われるペーパーカンパニーのことを指して言うらしい。
会社に悪いイメージをつけるのには、もってこいの言葉であろう。
人間で言うと、戸籍があるのに本人はこの世に存在しない。まさに幽霊?
ということであろう。
会社は、登記されて人格化し、「法人」となる。
竹下氏の場合、その逆で、会社としての活動はしっかりやっていたが、
登記が、閉鎖されていたのである。
先ごろ、戸籍上は存在していて、年金を払い続けていたのが、
対象の人は既に亡くなっていた等の記事があった。
こういった場合は幽霊と言ってもよいのかもしれない。
まぁこの時代、当初の意味が違っていても、
悪意を示すことが目的であり、とにかく一般の方に
興味を引くためにやっていることだから、
わゎわぁ言っても仕方ないかとも思うが。。。
ただあまりにもアホくさくて。。。
第6話で書いたように、竹下氏は国際文化企画を存続させたままT社に勤務した。
T社を退社する時、国際文化企画で国際交流の仕事をするという思いで退社している。
会社を託していた友人も国際文化企画では食っていけなくなったのだと思う。
多分事務所を閉鎖することは竹下氏に話したのではないかと私は予想する。
が、登記閉鎖という形では伝えていなかったと私は思う。
その後、マクロ、ワインの輸入や、手仕事についての企画を実施していた。
古賀市に戻り、下地づくりが始まった。
名刺には連絡先として自宅を記載した。
そして、2010年1月、角川文化財団の「遣唐使船再現プロジェクト」を知り、
直接財団に訪問し、当初福岡に寄港する予定の無かった再現された遣唐使船を、
福岡へ寄港してもらうために、お願いした。
そして寄港を可能にすることができた。
彼は、最澄がたどり着いた古賀市を寄港先として強く財団に勧めた。
財団も歴史的に意味あることと了解した。
しかし、これは受け入れ側(古賀市?)の問題で実現しなかった。
もしかしたら中村市長が拒否したの?
彼は寄港先を模索し、北九州市門司港への寄港と
当時、中国との貿易を共に計画していた岡垣町の商社に相談し、
岡垣町国際文化協会とのコラボレーションで
遣唐使船の岡垣町沖合いへの寄港実現に寄与した。
これは国際文化協会のHPにも記載され、竹下氏自身も
そこに写真(ホームページ下の方)で登場している。
http://www4.ocn.ne.jp/~oia/contents/kai07.html
古賀市市長立候補の話も何も無い、2010年5月の話である。
岡垣町の方は、今回の古賀市の騒動を冷ややかに見ている。ある方は
「明らかに、相手方の策略に陥っている。
黙っていては、その策略に落としいれられる。
人を集めてもらえれば今回の岡垣での実績、竹下氏の能力、
人となりを伝えてあげるよ。」
とまで言ってくれているようだ。
ミスはミス。騒動をおこさせたことは、その非を認めることは大切である。
しかしいわれの無い悪意ははっきり否定するべきである。
これも彼の人のよさが災いしている。
市長である限りは、真実を市民に知らしめる義務もあるだろう。