仙台で暮らしてみれば・・・

仙台で暮らしてみれば・・・

仙台に来て、はや8年目。
東北を中心にきれいな景色や、おいしいものを中心に気の向くままに書きつらねています

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久々の更新です。


4月11日に大切なワンコのモモちゃんが死んでしまいました。

もともと食いしん坊な子だったけれど
最後は私の髪留めの飲み込んだことが原因で死んでしまいました。

きっとさみしかったのだと思います。
だから、遊びでかじっていたものをうっかり飲み込んでしまったのだと思います。
モモをさみしがらせたこと、髪留めをモモの届く場所に置いたこと、
病院に連れて行くのが遅かったこと、全部のことでとても自分を責めました。

とても悲しくて、切なくて、後悔ばかりですが
モモのことをこれからも毎日大切に思って、生きていこうと思います。

火葬場でも涙が止まらなったけれど、待っている間に
亡くなった犬はいつも飼い主のそばにいるという本を読みました。

実はモモが死んでから、とても不思議なことが起こります。
夜、ベッドに入るとモモがいつも寝ていた右側の腕の
モモが頭を乗せていたあたりがが重くなったりします。
家に帰ってきた直後や外出先で足元に気配を感じることがよくあります。

この前のお盆前には夢の中に出てきてくれて
ギュッとしたら、感触もにおいも昔のままでした。
(厳密にいうとシャンプーしたての柔らかい髪の状態のモモでした)

私は5か月たった今でも自分を責めているけれど、
夢の中のモモはものすごく楽しそうで、笑っているみたいでした。
やっぱり食いしん坊で盗み食いした枝豆とガムを加えて走り回っていました。

夢から覚めたとき、懐かしさと切なさとともに
あまりに食いしん坊のモモらしい行動で少し笑ってしまいました。

きっと本当にそばにいてくれるんだと思います。
そんなメッセージをくれたような気がします。


そんなワケでブログタイトルは『仙台でワンコとともに暮らしてみれば』から
『仙台で暮らしてみれば』に変えました。
落ち着いたら、また少しづつ東北のよいところを伝えて行きたいと思います。






義理の両親が来仙したので
山形へ一泊旅行。

初日は快晴で、29度。

一寸亭で鳥そばを食べてから
高畠ワイナリーへ。

仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・


次は上杉神社。


仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・


ホテルは蔵王温泉。
高台なので、夕日がきれいに見えた。


仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

次の日はお釜へ。


仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・


仙台でワンコとともに暮らしてみれば・・・

紅葉が始まっていたので、来週、再来週ごろが見ごろになりそう。



山形の酒田発のおいしい豚さん♪

やわらかくて、コクとうまみのあるジューシーな肉質と
さっぱりしていて甘みのある脂身が最高。

生産している平田牧場は”ひらぼく”と呼ばれていて、
銀座にも進出しているし、もちろん仙台にもある。

少々お高めだけれど、直営のとんかつは通う価値がある。

レストランや居酒屋での扱いが増えている。

仙台にいると、お隣の山形は商売が上手だなぁと感じることが多々ある。

商いは刻み込まれたDNAが影響するんだろうか。


仙台に来たら、食べてほしいものといえば、お茶の井ヶ田のソフトクリーム。

抹茶やバニラもいいけれど、おすすめはほうじ茶。

香ばしくてさっぱりしていておいしい。
コーヒーソフトのような甘みではなくすっきりとしている。

最近はトマトソフトクリームの販売が始まった。

限定かどうかはわからないけれど試しに食べて見た。

思ったりも結構トマト。
思ったよりもかなり、おいしい。

さっぱりしていてソフトクリームとシャーベットの中間のような味わい。
食後や暑いときにおすすめ。

クリームとトマトといえば、パスタのトマトクリームソースが好き。
クリームは途中でちょっと飽きるし、トマトは酸っぱめなので、
この中間がものすごくいい。

そういえば、最近、家で作るパスタやグラタンもすべてトマトクリーム。
こんなすばらしい組み合わせはやめられない。

わんこの歯石取り。

1泊2日 27,000円也

もともと歯石がつきやすい子なのだけれど
今回はかなり炎症を起こしていたので
抗生物質を飲んでから臨んだ。

麻酔をするのでふつうの子は
2,3日食欲が落ちるらしいけど
うちのワンコは食欲ありまくり。

さすが・・・食いしん坊




やっと年度末の繁忙期を抜けたと思ったのに
新年度もなんだか忙しい。。。

花粉症を忘れるくらい忙しい、、、

でもよく考えたら、1ヶ月前から飲み始めた
『青みかん』サプリのせいみたい。

最初はよくわからなかったけど
そういえば、目のかゆみやくしゃみがなくなった!


あの日から1年と10日が経った。

年度末の忙しさから感傷に浸る暇もないけれど
何事もなかったかのような街中と
全てがなくなってしまった海側の差が広がるばかり。

仮設は相変わらずひどい状況で場所によっては
湿気がひどくて朝方には咳き込んで目が覚めるお年寄り。

部屋を借りたくても、家族で住めるような物件はなく
家を新たに建てたり、買ったりしたくてもローンが組めない状況。

建設関係など震災バブルが起きている半面
仕事も家族も住む場所も失って生きる気力がなくなってしまう人もいる。

仙台の繁華街は半数以上が県外からの人たち。
街の雰囲気がちょっとだけ違う。



福島の子供たちは少しづつ福島に戻ってきている。

理由はいろいろあるけれど、その中に”いじめ”があることを聞いた。

子供の無知からくる残酷ないじめだけでなく、
子供の手本であるべき親が「あの子に近づいてはダメ」と子供に忠告するらしい。


仕事で知り合った86歳のおじいさん。
戦争を経験し、この震災後の状況を嘆いていた。

「日本人は我慢強さを忘れてしまった。。。
終戦後、なにかを責めることをせず必死で頑張ってきたけれど
今の人たちは人を責めることしかしない・・・。」

ずばり・・・だった。




かさぶたをとりやすくする薬のおかげで
体も顔もかさぶたが取れてきた。

顔のかさぶたはシャワーの水圧でとれたものもあり
ちょっと赤裸になっているものもある。

せっせと薬をつけて4日。
また皮膚科へ。

「よしとしましょう」
という先生の一言で、明日からようやく軟禁解除!

発疹痕を緩和する薬をこれからせっせとつけて、回復を待ち
とにかく紫外線に当てないこと。

ということなので、帰りにマスクを購入。

これまでの仕事の遅れを取り戻すことを考えて
栄養ドリンクも購入。

健康に感謝♪



内科で処方された解熱鎮痛剤とお腹の薬、
皮膚科で処方された抗生物質と消炎のどろっとした白い塗り薬で
7日間。

食欲はないし、熱も上がったり下がったり、だるい。

かゆみどめの飲み薬のせいか思ったりかゆみはでなかった。
でも、なによりもつらかったのがのどにできた発疹。

味噌汁や粉っぽいものがしみる。
アボガドを食べたときにはめちゃくちゃ痛かった。
これって灰汁のせい?

そんなわけで食べれるのはおかゆやうすいコンソメスープなど。

そして、つらかったのは頭にできた発疹。
かゆいというよりは痛い。。。。

頭痛は少ししかなかったけど、頭の発疹のためにアイスノンをして寝た。

7日目、皮膚科へ。
裏口から入って隔離されながら、診察を待つ。

先生は顔のかさぶたを見たとたんに
「うーん まだだねぇ」と・・・

あ、やっぱり。。。

さらに自宅で軟禁(?)生活。
家で仕事をしながら、次はかさぶたになりやすくなる薬をせっせとつける。

つづく
火曜の朝イチで病院へ。

初めて訪れる近くの内科。
隔離された待合室で待つ。熱が高いせいか、寒い。

お医者さんが来て、衝撃発言。

「なにもできることはない。」
「できたとしても解熱剤出すくらい」
「内科の病気じゃない、皮膚科にいけば?」
「あとは待合室で待っててください」

えーーーーーっ 

後は待合室でふつうに待って、ふつうにお金払って帰宅。

仕方ないので、自分で運転して、家から10分ほどの皮膚科へ。

すぐに隔離。熱が高いことを知ると、看護師さんがアイスノンを持ってきてくれて
ベッドで寝かせてくれて、ふとんを2枚かけてくれた。

待っているとすぐに先生が来てくれた。

顔とお腹を見て、すぐに
「水ぼうそうだねぇ」と。

そして、首を触れた。
脳症を起こすと、首が固くなるとのこと。

ベッドで会計をすまし、薬も出前。
至れり尽くせりで病院を後にした。

あとは家にこもるしかない。。。

つづく