『ブラス!』(原題:Brassed Off、1996年公開、監督:マーク・ハーマン)

〇あらすじ
ヨークシャーにある炭坑の町、グリムリー。グリムリー・コリアリー・バンドは炭鉱夫の仲間たちで結成された伝統あるブラスバンドだ。1990年代、バンドは存続の危機に直面していた。イギリス国内の炭坑が次々に閉鎖されていくなか、グリムリーの炭坑も同じ運命をたどっていた。「炭坑が閉鎖されればこのバンドも解散だ」とメンバーたちは言う。それでも音楽を愛してやまないダニー(ピート・ポスルスウェイト)と彼の率いるブラスバンド仲間たちは、時には家庭生活を犠牲にしながら、全英ブラスバンド選手権の舞台ロイヤル・アルバート・ホールを目指して練習に励む。大きな時代の波にもまれる炭鉱夫やその家族ひとりひとりの生活が臨場感とちょっぴりのユーモアと最高の音楽をとおして描かれる。

とまあ、一応あらすじらしきものを書いてはみるのだけれども、数行にまとめてしまうと何故か陳腐な感じがしてならない。この映画が言葉では表せないほど素晴らしい証拠だということにしよう。

サッチャー政権下の炭坑閉鎖にあえぐ労働者たちを描いた作品は、芸術と親和性が高いのだろうか。『リトル・ダンサー』(原題:Billy Elliot)は、炭坑労働者の家庭で男らしさを求められて育った少年ビリーが「女の子の習い事」であるバレエに熱中し、その才能を開花させる物語で、映画としてもミュージカルとしても大成功を収めた。今回紹介する『ブラス!』もまた、人生をかけて音楽に情熱をそそぐ炭鉱夫たちを描いた感動のヒューマンドラマである。石炭業の衰退という時代背景の中心に音楽というテーマを据えた作品なのだけれど、音楽の素晴らしさや石炭業衰退の歴史を直接訴えている映画というよりは、それらを通してひとつの時代のスピリットのようなものを象徴的に映し出している作品であると感じた。それというのは、人間同士の繋がりを大切にし、お互いに助け合うコミュニティそのものであり、おそらく自分の親の時代(昭和時代)の日本にも当たり前にあった精神だ。石炭産業が衰退すれば、それによって成り立っているコミュニティの崩壊は免れない。実際、炭坑閉鎖で何十万の労働者が失業した町は退廃に追いやられ、犯罪率や自殺率も高くなったそうだ。ちなみに、映画のグリムリーは架空の町だが、グライムソープという炭坑町の実話に基づいているらしい。

労働者たちが互いに支え合って築きあげてきたひとつの時代が終わって、過去のものとなろうとしているーーそんな現実を、『ブラス!』はありのまま描く。暗い未来を、お涙頂戴的な展開で脚色しようとはしない。物語のメッセージ、それに演技と音楽で、ストレートに勝負している映画だ。映画の最後に演奏される「威風堂々」の響きからは、炭鉱夫たちの誇りがひしひしと伝わった。