阿部公彦先生の『名作をいじる』を読みました。このブログは自分の備忘録用なので普段人に本を薦めることはあまりないのですが、この本は是非多くの人共有できればと思い、今回は(いるか分からない)ブログ読者の方々へのプレゼンも兼ねた記事にしてみたいと思います。

 

【はじめに】

この本を読んでみてほしい人たちは…

・国語の授業やテストは答え探しだと思っていた人

・読書は好きだけど自分の考えを表現するのが難しいと感じる人

・娯楽といえば読書よりアニメ・映画・漫画派の人 等

といった方々です。もちろん上の例に当てはまらなくても、幅広い読者層が楽しめる本だと思います。私自身がこの本を読んだきっかけは、一つの作品を読み終わって「面白かった!」という感想に留まるのではなく、どこがどう何故面白かったのかを言葉にしたいと思ったからです。実際に読んでみて、1ページ、1文、1語から、こんなにも解釈を引き出せるものかと目から鱗が落ちる思いがしました。絶対的に面白い作品というものは存在せず、作品を生かすも殺すも読者の解釈次第なのかもしれません。

 

【本の概要】

 この本は世間一般に名作といわれている日本の純文学作品を挙げて、著者が「いじり」の例を提示していく形式の本です。ここでの「いじる」とは、作品の文章に思ったことを直接書き込んで物理的に小説をいじることでもあり、そこから自分の解釈を自由に展開していくことでもあります。なにもブンガクブンガクしていなくてもいい。肩の力を抜いて、遊び感覚で小説を解剖していこうよ、というニュアンスが「いじる」という言葉には感じられるのがいいですよね。

 普段私たちは書評や論文といった、いじった後の成果に触れることはしばしばありますが、実際にいじりのプロセスを覗く機会はあまりないと思うのです。だから、目の付け所や視点の転換など、非常に興味深かったです。また、様々ないじりを通して「小説(を読む)とは何だろう」といった問に迫る構成も分かりやすかったです。

 

【いじることの意義】

 いじることはそれなりの時間と労力を要する作業です。それでも私はいじりたい。作品をいじることが、それだけのものを費やす価値のある有益な活動だと思うから。では具体的に文学作品をいじることのメリットって何でしょう?

 まず、いじりはその作品の印象をより克明に自分に焼き付ける効果があります。読書をして「あー面白かった」で終わってしまう本は、たいてい数年、ともすれば数か月でその時の印象が薄れてしまいます。もちろん本の内容を暗記する必要はありませんし、忘れたら再読すればいいのです。でも、折角縁あっていい作品に巡り合えたのに、数年後「あれ、何がそんなに面白かったんだっけ?」となってしまっては空しい。だから、その作品をほかの作品と差別化することが、作品との「思い出作り」となり、作品や作者へのちょっとしたトリビュートにもなるのではないかと思います。

 もうひとつのメリットは、いじりを通して言葉で表現する練習ができることです。私が改めてこんなことを言うのも大変おこがましいのは百も承知なのですが、阿部先生の説明って言葉のチョイスが痛快じゃないですか?特に、抽象的で捉えがたいようなイメージが理解できたときは、こういう表現の仕方もあるのか!という驚きと感動があります。あんなふうに、自分の中にある曖昧模糊とした何かを言葉という形にで外に出せたら、さぞかし気持ちがいいだろうなぁ。生憎私は優れた語感も語彙力も持ち合わせておりませんが、どんなに書けない人でも鍛錬して文章を書けばある程度の文章力は身につくらしいので、いじりで文章力の筋トレをしたいと思います。

 

【いじりのプロセス】

 著者の阿部先生はいじることを生業とされている、いわば「いじりのプロ」です。素人の私からすると、それはフォースを体得するよりも難しい神業。というわけで、少しでも自分で実践しやすくするために、先生がどういった切り口から作品にアプローチされているのか、私なりにまとめてみました。あくまでも本書からヒントを得て私がまとめたものです。著者の意図するところにそぐわない部分もあるかもしれませんので、悪しからず。

 

①    読んで、ツッコミを書き込む。最初の1ページ大事!この時、些細な「引っかかり」も見逃さないこと。少しでも違和感があれば、しめたもの。それはいじりがいのある素材である可能性が高い。読んでいる時は些末なことに思えても、それが小説の顔を暴く大事なファクターだったりする。

②    ①で見つけた引っかかりを色んな角度から見直す。ハードかソフトかといった抽象的なイメージの仕分けから始めてもよい。読者と語り手との距離、登場人物の内面や性格、語り手の態度、文体、リズム、ジャンル、温度、情景、英文、拡大・縮小図、奥行感、時間の流れ、話の展開感、仕掛けや小道具、文章の癖・人柄、文章の質感・量など、検証要素はいくらでもある。

③    ②で見つけた特徴や規則性に繋がりがないか、全体を俯瞰しながら議論を組み立てる。(ここが一番難しい!)

 

とまあ私なりの方法を書いてみましたが、あまり意気込むと自由な発想の妨げになることもあるので、肩の力を抜いてやってみようと思います。

 

【おわりに】

 本書で印象に残っているのが、小説の中には作者が理屈や的確な言葉で伝えきれない物事があって、色んな「雑音」やイメージの集合体、時には「伝えそこねること」自体で、読者に何かを伝えるということです。「人間の心理を合理的に説明できてしまうのなら、小説などというジャンルはいらないわけです。いかに言葉になりにくいものを、言葉を使いつつも明瞭な言葉にせずに表現するかが小説家の腕のみせどころである。」(pp.118)なるほどなぁ。

 さて、きりのよいところでそろそろ切り上げたいと思います。この本を読んだからといって一夜にして著者のようないじりの名人にはなれませんが、いじり方のヒントはたくさん得られたので良かったです。皆さまもこの本を書店で見つけられたら是非手に取ってみてください。では、ごきげんよう。