前回書いた息子の吃音のこと。

そのとき予感していたとおり、その後しばらくして
すっかり解消していました。
過ぎてしまうと、どんな様子だったか
忘れてしまうものですね。
備忘のために細かく記しておいてよかった〜


7月の三連休前には、3泊4日で石垣島へ家族旅行を。
船にのって揺られたり、水牛車にのったり
海にいったり、プールで泳いだり
朝に夕に、街の食堂で外食したり。

初めての体験がもりだくさんなうえに
飛行機やら車の移動やらもあり
刺激強くて脳みそビックリしてしまうかも
また元にもどるかも?
と行く前には若干の不安もありましたが
何のことはない、刺激をうけてさらに元気いっぱい
いつもなかなか一緒にいられない
一番大好きなおとうさんとべったり一緒で
ますますべ〜らべらしゃべる人になっておりました。

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と、安心していたら…

当初より一か月経った頃再び発現。
ヘルパンギーナでの高熱ピーク後から。
ほおお。体調で波があるものなのかしらね。

かあさんが忙しく気ぜわしいのとも重なりました。
こどもは自分に十分に気が向けられているか
敏感に感じとりますね。
優しい息子は、そうでないからといって
不満を訴えたりぐずったりしないかわりに
無意識にこういう手段で気をひくのだろうかなあ。
あ、あくまでうちの場合はそうなんじゃないかな、
と思っています。


一度体験していると、まあこんなものね、と
また、ゆったり会話を心がけ
また、語句の頭は伸びるがあとは大丈夫、になって。
そうこうしながら話せる内容は
さらに豊かに進化しているよ。

ぼちぼち、ゆるゆる、いきましょうね~
息子がどもりはじめて二週間ほど。

当初は
え、ウチの子に限って?!(古っ)と
それはそれはびっくりしましたわよ。
その辺りは前記事に書きました。


でも
あらためて彼をじっくり観察したり
ベタベタハグハグしたり
こういうことでもないとうっかり通り過ぎたであろう
いまこの日々をたのしませてもらっています。

ついでに一週間近く連日38度超え発熱
(日中は平熱で元気あり余ってるのに!)
してくれたりして~
抱っこが大変暑苦しい時期ですけれども。
それでもやっぱり、ベタベタハグハグ。

で、二週間のうちにだいぶ変化してきましたよ。


はじめは母音始まりの語を中心につまっていた。

おおおおおみず   あるいは
おm、おm、おm、おm、おm、おみず。

一度つまった語はその後でてくるときに
さらにつまりが追加される。

おおおおおおおおおみず、
その後も「お」がどんどん増えるよ~
おm、おm、おm、おm、おm、
おm、おm、おm、おm、おm、以下同じ~

だからいちばんよく言う自分の名前が
あ、あ、あ、あ、…あっちゃん、と
どこまでものびるのびる!寿限無か(笑


それに対して
本人にどもりを自覚させたりまちがい訂正せぬよう
じーっと聴いて
「あ、おみず?!」「あっちゃんが、ね」
と確認するゆえ
かなりのんびりな会話テンポに。

私たち夫婦の会話は早口で、息子もそれに
ついてこれるからとうっかり気をゆるしていたが
幼児にはちょいと早すぎたかしらね。
これ位でちょうどいいのかも。

こちらが話す聴く行動を促すを
意識してゆったりしたら
自分もゆっくりしゃべれば想いは伝わると思ったか?
「おー、(間)、みず。」
位にはなってきましたよ。

ついでに意識し続ける私たちも
落ち着いた気分に。
あ、とうさんはもともとのキャラがそうであって
私にメリット大だったのか。そういうことか。
身体をはってまでかあさんを守り育てようとする
騎士なんだなキミは。


そうそう
人に伝えようと話すときはつまるのに
遊びながらの独り言は変わらず流暢。
熱もさがったら、人に伝えようと話す文章まで
以前よりむしろ複雑化高度化してるような。
あれれれれ?!

つづく…
息子がとつぜん吃音になって一週間。

それまでべーらべらしゃべる子だった
というか今もそうなだけに、なぜ?
当初あれこれ調べてみましたわ。


妹弟が生まれたなどで薄れた自らへの関心を
ひきたいパターンが多いらしいけれど
いや、まだ製造すらしてないし~
遺伝とか環境(身近に吃音者がいて真似る)もない。
母(私)が割としつけにきびしい?両親の会話が早口?
それはそうかもね。

ひとつひとつ心あたりをふりかえる。
自分のためでなくこどものことゆえ真剣そのもの。


これという原因は諸説あれどはっきりしない。
それより、目の前の彼を観察して
状況を確認し
わが身をふりかえって
彼にとって望ましくなかろうことを軌道修正する
機会を与えられたのかもしれない。
だったら、それもわるくないね~


下の子ができて冷たくなった、ではないが
生まれつきやたら大人びていた彼のことを
大人のように接してきた部分が多いから、むしろ
ずっとお兄ちゃん扱いだったみたいなもんだ。

ならばここにきて
赤ちゃん返りのようにもっともっと甘えた~い、
となるのもありだよね。まだ若干2歳ゆえ。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっちゃんが…」
母音始まりの語にひっかかりが多く、中でも
自分の名前がもっとも一番いいづらそうで
日に日に前置き「あ、あ、…」が長くなっていく。
見ていてうっかりふびんな気がしたりもするけれど。

問題は問題と思うから問題たりえるだけ~
そう思わなければ別に困ることじゃなし。ね。

観察しているとなかなかに興味深いのよ。
これからどうなっていくのかな?
わくわく、というと不謹慎なひびきですが
どの専門家に伺ってみても
数ヶ月はゆったり見守っていいそうですし
おおらかに見守っているところ。

さてどうなるのかしらねえ。
わが子には
いい子であってほしい
お勉強できてほしい
お友だちに優しくあってほしい
強く泣かない子でいてほしい


自分が、いわれる立場でそんな期待をうけたとして
どんな気持ちになる(かつてなった)のかな


おしつぶされたり
そうでなければ愛されない、と
さびしさをかかえたり
でなければいいね

言われたら、がぜん張り切る~♪とか
うれしくなっちゃう、とかね。

で、自分は張り切るタイプだったとして
わが子は
同じように感じてくれるのかしら?
 

「あなたのために」

と、さまざまの期待感とともに提示する
アドバイスは
時としてのろいのことばになるよ。
いう側の勝手な期待感のおしつけ。

それより、そう言うあなた自身を
幸せで満たしてからね^^

数年のうちに引越しを考えて、家探しちゅう。

現地をみて空気感を肌で感じ
自分の中に隠された本音を感じとる。
後々の生活のイメージがふくらむ。

この時期に引っ越すことになろうと
何年も前からわかっていて、そのため何度か
どこに、どんな?と
互いに希望を話してみたのだけれど。
ぼんやりとして制約いろいろに感じられ
その当時は結論なし。

最近えいやっと資料をとりよせあちこち見ていくと
好きなもの、好きでないもの、譲れない条件など体感し
優先順位がようやくおぼろげながらみえてきた。

まず一歩ふみだすって大事ね。


予算をはるかに超える家もあえて見て
豊かなライフスタイルのイメージもしてみた。

可能性を拡大しわくわくする
未来のイメージ、感覚とともにする
現実的な判断。
その先の未来がより豊かになるんじゃないかしらね。

大切なのは中に住む家族の幸せ感覚。
おうちがひとりでに
それを連れてきてくれるわけじゃなし
さあ、どう形づくっていくのでしょうかね。