11月が終わる…
人生のなかで大きな切り替えがあった感のあるひと月でした。


月の初めは、来春年少になる息子の幼稚園探し。
いきなり当初予定のご近所園に落ちた、
あらまあどうしましょ。

母はその園に年中からなんてことなしに通った世代。
ああ時代がちがうのね~とわかっていても心ゆれる。
母子分離できてる落ち着いた子も、
入れないときゃ入れないって、ホントなのねえ。

ま、子どもの良さをみてもらえないところに
これ以上こだわっても仕方ない。
次いこ、次。


あっさりそう思えたのは
バタバタ対応をとった後、気がぬけて
ふと涙を流した私にむかって息子がこういったから。


「お母さんどうして泣いてるの?
  いーれーて、といったら、だーめーよ、て
  いわれたから?ふーんそうなの。
  ◯◯ちゃん悲しくないよ。うれしいよ。(にっこり)」

~?! それは…また次のとこ行こう、と思うの?~

「うん!きっと楽しいよ~」

場所見知りくんにはめずらしく、
園をひと目
みたときからなじんで気に入った様子だったゆえ、
そこに入れてあげられず申し訳ないという
母の思いはよそに。
息子の心はもう、明るい未来にむいている。

「だいじょうぶだよ。
  大丈夫だいじょうぶダイジョウブ…」

母の頭をずっとなでてくれていました。
別の意味で涙とまらん。

これを聞けるなら落ちてよかったとさえ思い
もっと彼に合う場は別にあるのだと確信した瞬間でした。


そしてその後の展開は本当にあっという間。
こじんまりとあたたかな雰囲気の中
先生みんなでこどもたちみんなを見守ってくれ
彼がのびのび過ごせるであろう園に
すぐさま入園が決まりましたとさ。
遊具がたくさんあって、それらでひと通り遊び
たしかにとても楽しく満足そうでしたよ。

長期戦を覚悟した矢先の展開の早さにまたビックリ。
流れってあるんだなあ。


そうそう、彼の最近の口ぐせ

「◯◯ちゃん、もう3歳だから。オトナだから~」

ウケる。が、ある意味そうかもしれない。
先週からやっと、家の解体が始まった。
10月下旬の予定がまず建築会社側の都合で3週間のび
解体直前に私たち側でガス電気撤去し忘れにて、やっと。
何か見えない力が止めてるのかいな、父か?とか思ったよ。


親との折り合いがイマイチで家にくつろげなかった私は
実家が交通至便な場所にあるにもかかわらず
結婚後これ幸いとなかなかよりつかなかった。
姉もまあ、似たようなものだ。

一方、両親にとっては
ああしたい、こうしたい、想いをつめこんだ
素晴らしい大工さんとの出会いにより建てた家。
まさに夢のお城だった。
彼ら自身、折にふれ家への愛着を語ってもいた。


建て替える段になってあれこれ検討してみると
彼らから直接には聞いたことがなかった
随所の細かなこだわりに気づいた。
たしかに、考え抜いた、よくできた家だ。
住んでいる間にはわからず文句をいうばかりだったが
初めて実感としてそう感じられた。

親子で直接のコミュニケーションは
なかなかうまくいかなかったけれども
家を介して、ようやくつながれた感じがする。
そう思えた頃には
間取り確定と解体がさしせまっていた。


この家を愛した両親二人は
最後までそこにいることはできなかった。
せめて検査入院でまだ意識がはっきりしていた父の
最後の年越しは、家で迎えさせてあげたかったな…
諸事情によりどう考えてもムリだったのだけれど。
解体風景を見つつ
そんな想いにも折り合いをつけていくのだと
ふと思う。


家に特段思い入れのなかった私ですら
そんな感傷にひたってしまう。
母が健常で現状を見たら
(建てかえて住みなさい、といいだしたのは彼女だが)
壊れていく姿に卒倒しちゃうかもしれない。


病気でいろんなことを忘れていってしまうのは
本人にとっても家族にとっても
かなしいことが多いのだけれども。
家について、彼女がいろいろわかることによる
かなしみをかかえなくてすむなら
それはそれで、よかったのかもしれない。
幼稚園浪人。

以前初めてこのワードを聞いたとき、
なにかの冗談か都市伝説と思ったのだけれども…

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少子化といわれて久しいといえど
都市部では、子育て世帯が増えている感覚よ。
預けたい、預けざるをえない人も増えている。

保育園等の預け先なんて圧倒的に足らない。
のみならず、幼稚園も足らない。
幼稚園より、保育園こども園の整備が先かしらね。

そんな中で保育園ワースト区への転入をひかえて
保育園はムリ、幼稚園探しもある程度大変かなあ
と、少しは思いつつ。

夏休み前に実家近くの幼稚園を見学したら
年中年長まで入園できなかった子が
いままで何人も実在するのだ、と言われる。
年長からだと集団生活になじむのに苦労したわね、なんて。
ワオ~都市伝説じゃなかったんだ!

年中から転園~とのん気にかまえていたのが
あわてて家を建てて年度内に引越すことにする。


その後も情報を集めていくと
プレ(年少前年の2歳児が週1回通う)に複数通って
それぞれの幼稚園に顔つなぎするのが当たり前とか
「あなたご縁がどこにもないの?
この地域、それではどこにも入れないわよ」
と見知らぬお母さん方にまで真剣にご心配いただく始末。

えええ?それってへんなの。
小さな子ども自身にも親(主に母親)にも大変なことですし
親が不安によって子どもをまきこんであれこれ
行動せざるをえないことに違和感。
あげくお受験でもないのにたかだか2,3歳で
あちこちの試験でバツをつけられちゃったり。
そもそも転入や早生まれなどには圧倒的に不利なシステム。


ただみんなで楽しく遊んでごはん食べてきてほしい
という願いをかなえるには、いつの間に
そこまでせざるをえなくなったのでしょうか。
そんな高望みかなあ?
10月のひと月の中での移り変わりパターンが
それはそれはあざやかだった。
なーるーほーどー
また出ても、もう、かあさん大丈夫だわ。

以下、あくまで、息子のケース。

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これまでの経過は





10/1、運動会。
一番の仲良しだった、転園したお友だちもやってきて
みんなで仲良く楽しくはしゃいだイベント。
さすがにつかれたのと
そのお友だちもさびしさをかかえているのか?
以前よりちょっぴり乱暴な感じで
息子は泣かされおどろいていた。
「えええ、◯◯くん、どうしたの?!」
と感じている様子がみてとれました。

そして直後から吃音が再発。

脳みそに、ストレス、悲しみが
これほどダイレクトに影響するのね〜
とわかりやすくと見せてくれました。

このときは1~2週間かけて(記憶が薄れていってか?)
徐々に回復。


月の後半には
実家の残った片付けラストスパートやら
事務関係あれこれなどで
かあさんの気持ちがアップアップ。
そこで、かあさんいつもに増して早口だったり
怒り口調多くなってしまったら
またもやあっさり再発。
あああああ、ごめんよう。


10日間ほどそのまま経過しました。
11月は幼稚園の選考もあるし、どうなるのかな…?
と思い始めた、その矢先。
10/29~30に義母がうちにきてくれて
主に二人で一緒に過ごしてもらっているうちに
すーっとひいて消えてなくなった!
ばあちゃん力、さすがです~


大好きなひとに安心してつつまれて
それはそれは心地よかったのだろうねえ。


そして、吃音が出て収まるたびに
会話の内容が一段階高度になっていておどろく。
今やもう、立派に小さなオトナな会話ができる。

その一段階高度な情報処理が間に合わずに
脳にストレスになってるうちはどもっていて
そのうちに処理能力を獲得すると
何ごともなかったようにスムーズに流れていく、
のではないかなあ。


まずは、ただいま、一安心。
久しぶりに過去記事を読み返してビックリ。
5月頃はまだのんびり建売り住宅をみていたのね。



その後2ヶ月あまりでどうなったかというと


実家を私たちが建て替えて住めばいい、という話になり

平行して建売り物件をいくつか見るも、空振りにおわり

息子の来春入園のタイミングに間に合わせるべし、という事情が発覚して
数年後のはずの引越し目標が、急きょ年度内になり

竣工予定から逆算して
ハウスメーカー数社とそれぞれ打ち合わせを
特急ペースで重ねており

その中で秋には解体完了せよというので、まだちらかっている実家をこれまた大急ぎで片づけている。


頑丈なからだを、いくつかスペアほしいですよ。。。


半年あまりで家つくるのはもろもろスケジュール的に
かなりムリあるかもと思いつつも
息子の日中の居場所&住むところ、すなわち
24時間すべての居場所を
ベターな(とこちらが思う)環境におきたい一心で
かあさん、がんばる。

人生において、意図せずして運命の波に
のまれ押し出されていく時期もあるのだと思う
そして今がきっとそうなのだろう。


本当に建て替えられるのか?と
私自身でどうにもできない
外部不安要因もあって気をもみつつ

一方で

息子は自分にいい環境を本能で知っていて
何としてもそれを選びとる力ももっており
私がそれに従っていくのだろうな
だから心配ない
とも、なんとなく肚の底で感じている。

生まれたときからそうだったからね、きみは。