その夜、小藤次さんは駿太郎くんを寝かせると、
稲村さんから預った刀を研ぎ始めました。
刀を一夜で研ぎ上げるというのは無理なこと・・・
小藤次さんは実践に使えるような刀にする事を心がけ、
まずは刀の状態を詳しく調べ始めました。
長年使われていなかったようで、
あまり状態はよくありません。
しかし刀自体はしっかりとした造りのようです。
本当ならかなりの時間を要する刀の研ぎ。
しかし、今回は「斬る、突く」の機能を復活させることに
重点をおいて研ぐことにしました。
駿太郎くんは、ぐっすりと眠り込んでおります![]()
親孝行だね![]()
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徹夜で研ぎをして朝を迎えた小藤次さん。
まずは畳屋の梅五郎親方の家に行き、
駿太郎くんを預けて、稲村さんの長屋へと向かいます。
稲村さんは浪人さんで、奥さんと2人暮らし。
竿を作って生計を立てているようです。
この日は、その部屋がきれいに片付けられておりました。
そして稲村さんも髭も剃られていて
なんだかさっぱりとした様子です。
小藤次さんに研がれた刀を見つめていた稲村さん。
「赤目様、そなたの親切に報いる研ぎ料じゃが、
2分しか用意できなかった。」
「そのようなことはどうでもよい。
稲村どの、仔細がおありのようだが、
この赤目小藤次に話される気はないか。
それがし、そなたの話を研ぎ代として充当したい。」
太っ腹な小藤次さんは、稲村さんに言いました。
稲村さんの「仔細」とは・・・
稲村さんのお父さんは亀田藩2万石のお殿様に仕える、
お侍さんで、身分は35石と低い方でした。
お父さんはそろそろ隠居して稲村さんが後を継ぐ、
そんな話が出た頃、城下では寒鮒釣りが流行りました![]()
お父さんも竿や餌にこっていたそうです。
お父さんの直属の上司は「田村兵衛」さん、23歳。
藩で5本の指に入るほどの遣い手でした。
お父さんと田村さんは誘い合わせて釣りへ。
その日は、なかなか釣れず、寒かったこともあって、
持っていたお酒を飲んで口論になりました。
2人だけだったので何が起こったかはわかりませんが、
2人は刀を抜き合い、お父さんは田村さんに斬り殺され、
田村さんはその場から行方不明になりました。
そしてその遺体に対面するため藩の役所へ向かうと、
藩の目付頭が、
「田村はおそらく江戸へ逃げ込む。仇討をせよ」
と言ったそうです。
稲村さんは思いがけない言葉に呆然。
「亀田藩の名前を汚すことだけは致すでないぞ。」
その言葉に、稲村さんは自分の剣の腕前を、
口にする事は出来ませんでした。
そして数日後、21歳だった稲村さんは、
江戸に向かって旅立ったのでした。
それから15年がたちました。
その間、田村さんは江戸ではなく北陸から西国へ
武者修行をして過したようです。
田村さんのお家は裕福、旅費には困りません。
それに対して稲村さんは、江戸に出て
田村さんを探す「真似事」をしておりました。
稲村さんは、仇を打とうという望みは、
少しもありませんでした。
だから最初のうちは、江戸藩邸に報告などしていましたが、
そのうち足は遠のき、生計を立てることに精一杯でした。
偶然、竿師の前を通って声をかけたのが縁で弟子入りし、
今ではそれで生計を立てているのです。
さて、今から5、6年前、出来心で藩邸を訪ねた時、
そこで田村さんが武者修行を終えて、
江戸にいることを聞かされました。
でも、稲村さんに仇討の気持ちはなく、
藩邸でも穏便に済ませたいという空気もあって、
とくにけしかけられたわけでもありませんでした。
その帰り道、「おさん」さんと偶然ばったり。
おさんさんは藩の台所女中をしていて、
稲村さんの境遇を何となく知っていて声をかけたそうです。
それがきっかけで時々会うようになり、
数ヵ月後、勤めを辞めたおさんさんと夫婦になりました![]()
・・・
なのになんで刀研ぎ![]()
実は4日前、長屋に田村さんからの手紙がありました。
その手紙によると・・・
争いの理由は両方にある。修行を終えて江戸に戻って、
稲村さんが仇討のため自分を探していることを知り、
痛ましいと思って、ちゃんとした場を作り、
稲村さんの望みを果させようと覚悟した・・・
そんなことが書かれておりました。
なんだか怪しいぞ・・・![]()
おさんさんが知り合いを通じて調べたところによると、
田村さんには藩の剣術指南への就任話が持ち上がっているようで、
そのためには稲村さんと決着をつけ、
すっきりとして復帰したいと思っているようです。
約束の場所は、下屋敷の稲荷神社の前。
辺鄙な場所のようです。
ますます田村さん、怪しいぞ・・・![]()
次回へ続く![]()