お文さんは、岡っ引きの留蔵さんを訪ね、

子分の弥八さんを道案内に紅屋ヘ向かいました。


店を訪ね、葛餅を注文したお文さんは、

「お紺さん、でしたか?」

と娘に声をかけます。

「あい、そうですが・・・」

と訝しげな視線が注がれます。

「ちょいとお訊ねしたいことがあるんですが。」

とお文さんは、伊三次さんのことについて尋ねますが、

お紺さんは、伊三次さんのところには行っていないと、

怯むことなく、勝気な表情でお文さんに向き直ります。

どんなにお文さんが頼んでも、決して家に行ったとは

言わないお紺さん。

しかし、お文さんが、

「それじゃ、念のため木戸番に娘さんが通らなかったかどうか

訊いてみて下さいな。病人か子が産まれるか、

そんな理由でもなきゃ木戸は通さないはずだから。」

と言うと、

「あたしが嘘をついてるとおっしゃるんですか?」

とお紺さんは顔をこわばらせます。


   ※この頃、町には木戸があちこちにあって、

     夜は病人か出産に関わる以外は、

     時間を過ぎると通れなかったのです。


さらにお文さんにつめよられたお紺さんは、

奥にいたお父さんに助けを求めます。

頭の手拭を取り、深々と頭を下げたお父さんは、

苦渋をにじませた顔をしておりました。

「申し訳ございません。娘が不始末をしでかしまして・・・」

お紺さんは「お父っつぁん」と悲鳴のような声をあげます。

お父さんが、お紺さんを諭すように話し始めますが、

お紺さんに観念した様子はありませんでした。

それどころか、お文さんが誰なのかを知ると、

今度はお文さん相手に悪口を言い始めます。

「でも、もしも伊三次さんが下手人じゃなかったら、

お紺さんの話が大事な鍵になるんです。」

「そんなこと、あたしの知ったことじゃありませんよ。」

お文さんは、そういう娘が目の前にいることが、

信じられませんでした。

それまで口を封じられていたお父さんがようやく、

「お紺、お前、伊三次さんに大層、腹を立てていたじゃないか。

菓子を届けてやったのに礼も言わなかったって。

当たり前だ。夜の夜中に行ったんじゃ向こうさんだって

迷惑に思うはずだ。」

「夜の夜中じゃないわ。四つ(午後十時)前よ。

何言ってるのよ、お父っつぁん。」

と叫んで、お紺さんははっとした表情になりました。

これで、お紺さんは白状した形になったのです。

「あたし、伊三次さんにはずい分よくしてやったつもりなのよ。

紅屋を髪結床にしてもいいと言ったのに、

自分の力でやるから大きなお世話だって。

あたし、悔しくて・・・」

「あの人らしい・・・

わっちも同じようなことがあったんですよ。

それであの人に背を向けられてしまった。

銭で人の心を振り回すのを嫌う人ですよ。

自分は貧乏しているというのにねえ。」

「お文さんは冷たくされても平気なの?

仕返ししてやろうとは思わないの?」

「思いませんよ。悪いのはわっちであの人じゃない。

せめて濡れ衣を着せられたあの人の力に

なってやりたいんですよ。」

「心底、好きだから?」

お文さんはお紺さんの問いかけには答えず、

黙って頭を下げ、紅屋を後にしました。


お文さんが弥八さんと大番屋へ向かうため

橋を渡ろうとした時、不破さんと増蔵さんが

急ぎ足でこちらに向かってくるのが見えました。

お文さんは不破さんへのあいさつもそこそこに、

増蔵さんに向かって、お紺さんのことを早口で

まくし立てました。すると増蔵さんの

「文吉、もう心配はいらねぇ。下手人は挙がった。

糸惣の女中だったんだ。」

との言葉に、お文さんは気が抜け、めまいがしました。

犯人は女中のおりきさん。

伊三次さんが訪ねた時、声をかけてきた方でした。

家族の留守をいいことにお金をくすねようとしたそうで、

惣兵衛さんに見つかり開き直ったようです。

惣兵衛さんが倒れて慌てて伊三次さんに罪を

なすりつけたのです。

凶器となった匕首は、惣兵衛さんが護身用に

枕元に置いてあったものでした。

「お気の毒に・・・その女中はまた何んで銭を

くすねようとしたんでしょうか。」

「そいつはこれからおいおい調べるつもりだ。

その前に緑川から伊三次を解き放してやるつもりだ。」

不破さんは安心した表情でこう言いましたが、

お文さんは不破さんにお礼を言う気もしませんでした。


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