勤めていた店から暖簾分けしてもらい、
自分の店を始めた惣兵衛さん。
一年目は、本家からの引きたてもあって
商売は繁盛しました。
独立するまで遊びなど知らずに働いた惣兵衛さんは、
茶屋遊びに心引かれ、そこで菊弥さんと知り合いました。
最初はその気のなかった菊弥さんも、
次第に惣兵衛さんに惹かれるようになり、
いつしか惣兵衛さんは菊弥さんを妻に迎えようと
思うようになりました![]()
ところが、開店2年目になると売り上げは激減![]()
目玉商品がない上に、茶屋遊びのお金も馬鹿にならず、
気が付いたら借金で首がまわりませんでした![]()
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しかし、惣兵衛さんにとって、店のことよりも、
菊弥さんと一緒になれないことのほうが重大なこと。
惣兵衛さんは菊弥さんに真実を訴えました。
惣兵衛さんには借金があり、
このままでは江戸にいられなくなります。
菊弥さんにも茶屋に前借のお金があり、
それをきれいにしなければ自由は利きません。
ついに惣兵衛さんは菊弥さんと実家のある信州に
駆け落ちすることに決めました。
人に気づかれてはまずいので、
とりあえず道中のお金だけでも作って落ち合うことにしました。
本店の大旦那が惣兵衛さんの店を訪れたのは、
菊弥さんと落ち合う2日前でした。
商売がうまく行っていないという噂を聞き、
心配してやっていきたということでした。
しかし、内情を話す惣兵衛さんのつじつまのあわないことに、
「店を潰す気だな、お前。」
と睨まれます。
普段は温厚で声を荒げることも滅多にない人が、
すごい剣幕で惣兵衛さんを怒鳴ります。
仕舞いには声を震わせて涙を浮かべて悔しがりました。
そんな姿を見て惣兵衛さんはただただ平身低頭するばかり・・・
本家の大旦那は、菊弥さんと別れるのを条件に、
店の立て直しを引き受けてくれました。
逢うこともならぬと釘をさされていたため、
約束の場所にも行くことはありませんでした。
そして、本家の親戚筋の娘と結婚し、
その持参金で借金の穴埋めをしたのです。
商売がようやく落ちついた一年後、
惣兵衛さんは約束したのと同じ日に、
待ち合わせの場所へ行って見ました。
菊弥さんがどんな思いで自分を待っていたのか
少しでも知っておきたかったのです。
そこには一面菜の花が咲いていたそうです。
その光景が、ひどく明るく、
そしてこの上なく寂しく映ったそうです。
その時の光景を思い出して遠くを見るような眼になり、
「わしなあ、伊三次。やはり悔やんでいるんだ。
菊弥と逃げりゃよかったって・・・」
と言いました。
世の中金じゃないという惣兵衛さんに、
「ですが、その金のためにわたしは女に
背かれることにもなりました。」
「女房にするとはっきり言ったのか?」
「いえ、はっきりとは・・・
わたしの暮しに目処が立たなかったもんですから。」
「お前がぐずぐずしていたからだろう。
なに、当てつけさ。首根っこ掴んで連れてくれば
おとなしく言うことを聞くさ。」
文吉さんとのことで思いつめていた伊三次さんに、
惣兵衛さんは簡単に答えました。
「伊三次、年寄りの話は一つぐらい聞いておけ。
世の中は金じゃないぞ。」
そういって惣兵衛さんは眼を瞑り、
居眠りを始めていました。
伊三次さんはそっと腰を上げ、その場から離れました。
地蔵のように安らかな顔をして居眠りしている惣兵衛さん。
菜の花に囲まれた菊弥さんの夢でもみているのでしょうか。
しかし、それが伊三次さんが惣兵衛さんを見た
最後になりました。
次回へ続く![]()