刀を打ち合う音を聞いた小藤次さんと静太郎さんは、
刀に手をかけながら、必死で走りました![]()
すると竹林の向こうで10人ほどのお侍さん達が、
剣を振るって戦っておりました![]()
そしてその輪の外に1人頭巾で顔を隠した人物が![]()
「待て
ご城下で闘争に及ぶとは何事か
」
静太郎さんは相手をけん制するため走りながら叫びました。
襲われているのは3人。
攻める方には体の大きなお侍さんがおります。
3人組の若侍の1人が足を斬られて膝をつきました![]()
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その若侍を3人ほどで囲み、とどめを刺そうとしたとき、
小藤次さんの飛ばした竹とんぼが、
大きなお侍の鼻先に当たりました![]()
静太郎さんが、
「今坂、しっかりせえ。助勢致すぞ
」
と呼びかけると、膝をついた若侍「今坂」さんは
「太田様
」
と喜びの声を上げました![]()
再び、大きなお侍が今坂さんを斬ろうとした瞬間、
「多勢に無勢、何事か
」
と小藤次さんが大きな声で一喝![]()
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その大きさに、お侍も動きを止め、竹林もざわざわ鳴りました。
静太郎さんが名を名乗ると、大きなお侍は、
輪の外にいた頭巾侍に視線を向けます。
すると竹薮の中から、
「始末せよ
」
との声が飛びました。
この大きなお侍さんは「大全寅太」さんという乱暴者。
小藤次さんの名前を聞いても勢いは衰えません。
襲い掛かる大全さんをやはり簡単に倒した小藤次さん![]()
「引き上げじゃ!」
との声に、仲間達が大全さんを5人かかりで引きずり、
姿を消しました。
小藤次さんと静太郎さんは、今坂さんの傷口を確かめ、
止血をして、薬を塗り込みます。
さらに小藤次さんは竹林で竹を切り出し、
即席の担架を作り、それに寝かせて運ぶことにしました。
今坂さん達3人は、上司からの命令で、
先の町奉行「嬬恋」さんに手紙を届けた帰りでした。
そしてそこから返書を貰っていました。
襲った大全さん達は「精進一派」・・・
水戸に着いた日、間宮さんを襲ったのも「精進一派」・・・
この3人は静太郎さんと同じ剣術道場のお仲間です。
静太郎さんは、水戸家で起こっている騒動について、
小藤次さんに説明を始めました。それは・・・
水戸藩の初代は「徳川家康」の子「頼房」様。
この水戸家に尾張・紀州を加えた3家が
「御三家」と呼ばれております。
尾張・紀州家の初代も「家康」様のお子様達。
しかし、尾張62万石、紀州55万5000石に比べ、
水戸家は25万石・・・
そして家格も尾張・紀州は大納言なのに、
水戸家は中納言・・・
※この中納言を唐(中国)の官職にあてはめると、
「黄門」といいます。
つまり「水戸黄門」は水戸家のお殿様が、
中納言という役職についていたので、
そう呼ばれることになりました。
でも、水戸家のお殿様は他の2家と違って、
ずっと江戸にいることが出来ました。
そのため「天下の副将軍」とか「将軍家のご意見番」
なんて言われておりました。
その後、釣り合いも考えられて、25から35万石になりました。
・・・が、これはいうなれば水増し。
実質は25万石なのに35万石の体面を整えなければいけない・・・
そのためどんどん藩の財政は逼迫していくのです![]()
これが原因で江戸在住の家臣と水戸にいる家臣との間に、
離反や反発を生み、藩が頼っていた城下の商人と
在郷の商人の対立にも結びつくようになったのです。
江戸を中心に藩の運営がなされていると、
水戸に住む藩士達はおもしろくありません![]()
そして藩が城下の商人ばかり頼っていると、
自然と力をつけるようになります。
そうすると、在郷の商人たちはおもしろくありません![]()
こんな争いの中で結成されたのが「精進派」なのです。
リーダーは在郷郡奉行の「精進唯之輔」さん。
在郷の身分の低い武士と商人が終結し、
かなりの勢力になっているようですね![]()
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水戸ではいまや何が起こってもおかしくないような状態で、
そんな中幕府の密偵であるなんて噂の立っている
間宮さんが水戸入りしたもんだから、
一層不安をあおっているようです![]()
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そんな話をしているうちにお医者さんに付いたようで、
今坂さんは傷口を縫うこととなりました。
次回へ続く![]()