この日、小藤次さんは江戸から水戸へ向かうため
水戸藩の船「万国丸」に乗り込みました![]()
一緒に乗り込んだのは久慈屋の手代「浩介」さん。
2人ともなんだか船酔いが心配です・・・![]()
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しばらくしてから船の上で朝ごはんです![]()
乗り込んでいるのは、船頭さん達が十数人、
そして小藤次さんと浩介さん、
そして水戸藩のお役人「竹中」さんともう1人・・・
「間宮林蔵」さん(43歳)です![]()
なにやら聞いた事ありませんか![]()
教科書に載っているのを見た人もいるかも・・・
そう
探検家で「伊能忠敬」さんに測量を学び、
北樺太を探検。間宮海峡を発見した方です。
そんな方が・・・また騒動の予感・・・
それぞれの紹介を終えた後、いよいよ朝ごはんです。
さて、暇をもてあます小藤次さんは、
ここでも研ぎ仕事を始めます・・・もちろんボランティアで![]()
浩介さんも、小藤次さんのお手伝い。
小藤次さんは、竹中さんと間宮さんについて、
何か知っていることはないかと浩介さんに尋ねます。
竹中さんは水戸の方なのは間違いない様子。
どうやら間宮さんについては気になる事があるらしいのです。
少し迷った末浩介さんは、確かなことではないけど、
噂で聞いたことがあります・・・と話し始めます。
間宮さんは水戸生まれで、今は幕府に雇われています。
有能な天文測量方で、幕府も期待をよせているようです![]()
しかし
幕府の密偵だという噂もあるようです![]()
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間宮さんは水戸出身、だから水戸行きの船に乗っていても、
不思議なところはありません。
でも、幕府は常に全国の藩に目を光らせています![]()
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悪巧みしているところはないか、反抗しそうなところはないか・・・
それは幕府の親戚と言えども同じこと。
天才たちが集まると言われている幕府の天文方の人間が、
水戸行きの船に乗っている・・・
浩介さんはそれがあやしいと思っているようです。
そして、もう一つ・・・
これはお城に伝のある久慈屋さんだから知る秘密事項![]()
どうやら間宮さんの先生である「伊能忠敬」さんは亡くなっていて、
それは「大日本沿海輿地全図」というものが完成するまで、
内緒にされるそうです。
このことがどう関わってくるのか・・・やはり騒動の予感が・・・
※ 伊能さんは50歳で幕府天文方の高橋さんに入門。
勉学に励みます。そして幕府の命令で、
56歳から72歳の間、全国の測量に歩きました。
さて、小藤次さんの研いだ刃物はここでも大評判![]()
主船頭の「加平」さんなんか、驚きのあまり、
「驚き桃の木山椒の木とはこのこったぜ。」
と、・・・褒めてくれてます![]()
しばらくすると、浩介さんは船酔い![]()
ごはんもろくに食べられません![]()
それとは逆に、小藤次さんはいたって元気![]()
小藤次さんの剣の流派は「来島水軍流」。
名前の通り、水軍・・・つまり船の上でも闘えるようにと、
あみだされた剣術なのです。
お父さんからこの剣術を叩き込まれた小藤次さんにとって、
船の上は、陸と変わりがないようですね![]()
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さて、次の日も小藤次さんは研ぎ仕事。
しかしお天気は荒れ模様になりそう![]()
研ぎ仕事は無理だから道具を片付けたほうがいいと、
加平さんに言われて、小藤次さんは急いで店じまい。
船の上では主船頭さんの命令は絶対です![]()
といっても暇なことには変わりありません。
小藤次さんは竹竿を借りて腹ごなしをはじめます。
もちろん「来島水軍流」の剣の稽古です。
小藤次さんのご先祖は水軍でしたが、
ここ数代はほとんど海を知りません。
もちろん小藤次さんも、船の上で実践したことはありません。
それで、荒れる海の上での稽古を始めたのです。
その様子を見ていた加平さんから、
「こうなれば、酔いどれ様の来島水軍流の剣技が
見てみたいものよ。」
と望まれて、小藤次さんは刀を持参して瞑想します。
そのとき間宮さんが船室から姿を見せました。
小藤次さんの姿をみた間宮さんにこのとき、
大名4家の鑓を切り落として有頂天になっている
「虚け者の剣術家か」という嫌悪の気持ちが生じました。
しかし、小藤次さんが剣をとり立ち上がると、
150㎝ほどしかない体が180㎝くらいにも大きく見えたのです![]()
間宮さんは驚きを隠せません![]()
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そして、時を忘れて小藤次さんの姿に見入って、
立ちすくんでおりました。
次回へ続く![]()