~内藤半左衛門との戦い②~


内藤さん家からの帰り道、黙ったままの銀次郎さんに、

半十郎さんは自分から声をかけます。

内藤さんは、矢野藤蔵さんのお父さん・仁八郎さんの初期の弟子。

道場の最盛期にもっと力のあるお弟子さんたちがいたとしたら、

内藤さんは秘太刀を受けた可能性はうすい・・・

内藤さんは省いてもよいのでは?という半十郎さんに、

「しかし、立ち合ってみぬことにはわからん。」

としつこい口調でぽつりと言います。


黙ったままの銀次郎さん、町のはずれに差し掛かった所で、

「浅沼どのは、あの家の内情にくわしいのか。」

と半十郎さんに聞きます。

半十郎さんもそれほど詳しくはないようなのですが、

内藤さん家には跡取りとして「道之助」くんという、

11、12歳くらいの男の子がおります。

これは内藤さんの子、亡き守之助さんの息子さんで、

守之助さんが亡くなった後に生まれたそうです。


しばらくすると、銀次郎さんから次の質問。

「あの家の奉公人だが・・・何人いるのだろう。」

身分からいって下僕が1人と女中が1人くらいかな・・・

と半十郎さんが答えると、

「そのころの人間がまだ奉公しているかな。」

「そのころと言うと?」

「跡取りの病死、嫁女の出産といったごたごたのころのことだが。」

「さあて、そこまでは知らんな。」

といった半十郎さん、そこではじめて質問を不審に思いますむっはてなマーク

何でそんなことを聞く・・・という質問には答えず、

銀次郎さんは、ま、調べればわかることだと言います。


次の質問は、内藤さん家のお嫁さん・民乃さんの年齢についてでした。

守之助さんが結婚したのは21歳の時。民乃さんは多分その時19歳。

守之助さんが亡くなったのは20代半ばだったので、

民乃さんはいま、35か36歳くらいのはずです。

若い頃は平凡な顔立ちだったような気がするのに、

今のほうが美しくなっているようだと半十郎さんは思っておりました。

どうやら銀次郎さんも30代半ばだとは思えないと考えている様子。

守之助さんはもともと病弱で、2年ほど寝たきりだったそうです。

普通、旦那さんが亡くなった場合、お嫁さんは実家に戻りますが、

生まれた子供が男子で跡継ぎだったので、

民乃さんはそのまま内藤家にとどまったのです。


心ここにない様子の銀次郎さんが不意に、

「内藤家の嫁舅だが、仲が好すぎるとはみえなかったか。」

と言います。親子のようにも見えた、結構なことだと

半十郎さんが答えると、銀次郎さんはいきなりつきはなすような口調で、

「尊公の目は甘いな。おれにはあの2人、

親子とは見えなかったな。男と女に見えた。」

と言うのです。半十郎さんが、心根がいやしいと責めると、

銀次郎さんは粘っこい口調で話し続けます。

2年も寝たきりの、しかも死期の迫った病人に、

子供をつくれる元気があったとは不思議だ、

ずばり言うと、あの男の子は内藤半左衛門さんの子だビックリマーク

というのが銀次郎さんの推測なのです。

守之助さんは病弱で、跡継ぎはまだ生まれていない・・・

養子という手立てもあるのですが、内藤さんは、

自分の血筋を残すことに執着して、

民乃さんもその気持ちを理解した・・・

銀次郎さんはこの事を調べ、

内藤さんを試合に引っ張り出そうとしているようなのです。

ただ銀次郎さんも、内藤さんがそんな人倫に反したことを

している人だとは思ってはいないようです。

「ただ一度のその想い出があるために、あの嫁女は、

半左衛門に対してただの嫁舅にあらず、親に仕えるように、

あるいは思い人につくすように、

親身に寄りそって生きておるとは見えなんだか。

それはそれで女子のあわれではあるが・・・」

その声を聞いているうちに、半十郎さんの脳裏にも、

民乃さんの姿が浮かんできます。

「ではこれで」と背を向けた銀次郎さんに、

「証拠さがしなどはやめたらどうだ。

誰のためにもならんことだ。」

と半十郎さんはうしろから声をかけました。


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