私はもともと、体の感覚がとても敏感です。

 

人と会ったとき。

お店や車の中など、ある空間に入ったとき。

人とふれあったとき。

そして自然の中にいるとき。

 

そこにあるエネルギーのようなものを、体で感じとってしまいます。

空間に違和感を覚えたり、誰かの強いエネルギーを近くに感じたり。

 

だから、人は目に見える体だけでできているわけではない、

ということを、私は知識より先に体で知っていたのだと思います。

 

いまケン・ウィルバーやユング心理学、

シュタイナーなどを学ぶ中で、それが言葉になってきました。

 

 

私たちの肉体のまわりには、

エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体という、

目に見えない層が重なっている。

 

そしてその中心に、命の種である魂がある。

 

魂はそれぞれの層に働きかけながら、

天と地とつながって、その人らしさを表現していく。

 

この土地に移り住んで間もないころ、

台所で野草料理をつくっていたとき、

足元から根っこが入ってくるような感覚がありました。

 

そのときのことは、

本『野草を食べたら足に根っこが生えた話』に書いています。

 

いま振り返ると、あのとき足元に根っこが生えると同時に、

頭の上にアンテナが立ったのだと思います。

それから不思議と、それまで知り合っていなかった人たちが、

お店に来てくれるようになったのです。

 

外から飛んできた種が、新しい土地に落ちて、

芽を出し、根っこを張った。その最初の瞬間でした。

 

最近、森井啓二先生と江島直子さんの対談で、

足から根っこが生えて地とつながり、そこから天とつながっていく、

 

というお話を聞いて、

あのときの体験はこれだったんだと、深くうなずきました。

 

 

 
 

では、私という種の中には、何が入っていたのか。

 

振り返ると、それは「食」だったのだと思います。

私は若いころ、食に深いテーマを抱えていました。

肉体とのつながりを見失っていた時期があったのです。

 

いま、私の体をつないでくれているのは、大地が育てた作物であり、

季節の巡り、太陽や月の満ち欠け、地球と天の動きです。

 

それらが体に与える影響を、陰陽五行の食養生として伝えています。

 

旧暦で生きることは
グレゴリオ暦によって分離した私たちの世界を
つながり直してくれます。

 

そして気づいたのは、自然栽培で育った作物には、

自然のエネルギー、生命のプラーナがたっぷり入っているということ。

 

それが私たちの体を、地に、そして天につなげてくれる。

野草には、それがあふれるほど詰まっています。

 

あなたは、足元がしっかり地についていると感じるのは、どんなときですか?

 

 

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