友人に誘われるままに朝のPoP IN(point of pwores  is now)

というセッションに参加。

 

スピリチュアルの超古典セス・マテリアル

現実はすべて一人一人が創り出している。

 

そして

今この瞬間から何を思い描いて

どんな現実も創り出すことが出来る。

 

という事実をもとに

どんな現実を創造したいのか。

それに対してどんなブレーキがあるのか。

 

 

まだ意識がしっかりと日常に対応できていない

夢見心地な朝早くから

 

このセッションは毎朝行われた。

 

 

この1カ月くらいの間、

 

これらのグループセッション

個人セッション

を重ねる毎に

 

老子のタオに書かれている

主体と客体の両方の視点を

行ったり来たりしているような意識状態のありさま。

 

 

自分という小さな殻の中で

これが現実だ!と思っているドラマは

 

主役を演じている私の思い通りの脚本では無い現実。

 

被害者な自分。

罪悪感な自分。

劣等感な自分…。

 

この意識はなにが創り出しているの?

過去の自分の思い通りにならなかった現実?

 

そんな自分と丁寧に向き合っていく

セッションの中での気づき。

 

自分自身のドラマを客観的に見せてもらえる機会を持つ。

自分さえも分からなかった本当のニーズに出会う。

 

恐れのためにブレーキをかけていた過去のトラウマだった情報が

今のこうありたい現実のリソースに塗り替わる。

 

こういった対話による自己認識に至るセッションを

いくつもいくつもやってきたけれど、

 

今回ほど大きなアンサーにたどり着いたことは無かった。

 

 

 

 

”悠游”という何もかもが行き届いた自然に囲まれた南郷夫妻のご自宅で

ギタリスト成川マサノリさんの音楽とともに過ごしたリトリート。

 

時間も段取りも制約もない

自分のままで一緒に遊んだ空間は

 

どんな自分もOKなんだと

遊びに没頭して日常疎かになってもいいんだと

 

すべての人は私の幸せを応援するために

登場したベストキャスティングなんだと

 

そうは思えない時も

ネタばれな自分の人生を信じてみることにしよう。

 

 

 

 

”遊ぶことと現実”

 

Dr.ドナルド・ウィニコットというイギリスの

小児科医で精神分析家のクライン派の発達心理学を

 

25年前にお世話になった家族機能研究所で知った。

 

当時家族問題で人生がままならない若者たちや

そのスタックしたところで発達が止まってしまった人たちが

当事者として学んでいた。

 

今回のセッションでいただいたギフトは

私にとっての家族問題が

 

私の歓びを生きる人生を

両親が自分たちの人生を使って

応援してくれていたというキャスティングに

 

感謝しかない。

 

ウィニコットは言う

 

子どもの夢と現実の移行を

連続性の中に私はここにいる存在を

同化しつつ分離することのできる

 

”ほどよい母親の”ケアが

内的現実と外的(共有された)現実にかかわらず、

自分が創造したものは現実に存在するのだという

中間領域を維持することができる。

 

創造性という形で

芸術や宗教、想像の営み、創造的な化学の仕事などに

具現化させる能力を発達させる。

 

人はどの瞬間からでも

分断してしまった回路をつなぎなおし

止まってしまった成長を発達させることができる。

 

今日この対話から

私は内なる自己との対話を

 

投影された人々とともに

自分のニーズを探っていこうと思う。

 

 

わたしにとって

 

遊びが仕事。

遊びが表現。

遊びは私そのもの。

 

毎日の遊びの中にいのちの歓びを表現する。

 

私と私が一致する瞬間。