ゲーテが偉大である理由のひとつが、ゲーテ的な観察法と思考法です。ゲーテ的、まさにオリジナル。オリジナルがゆえに、多くの人に受け入れられることになりました。シェイクスピアがまさにシェイクスピアであるために、誰にも超えられない唯一無地の作家であるように。
ゲーテ的である科学研究や芸術作品は、後代まで全世界にわたって、誰にも超えられないものになりました。
ゲーテの観察方法の中心になるのが、
ひとつの根源的な形式から、様々な多様な形式がたわむれるように生じるという世界観です。
バラバラにみえる多様な種類のものが、バラバラに存在するのではなく、
実はひとつの形式に集約される、繋がっているという、彼の視点です。
時は1700年代後半で、場所はヨーロッパ。
当時は、機械的な世界観が広がっていました。
すべてのものは、無機的で機械的な、なんの秩序もない世界、として捉えられるのが主流でした。
つまり、世の中には、
「植物にしろ動物にしろ、本当に多岐にわたる種類のものが存在する、
だから、個々の個性をあきらかにしよう!
だって、個々の個性が生まれるのは、その個々の個性のイデー、つまり目に見えないアイデアやプランがあるのだから、形として生まれるわけであて、とにかく個々の観察が必要だね」、という視点しかありませんでした。だから、すべてのものがバラバラになっていくのでした。思想も何もかも・・・。
ゲーテは、様々な多岐性を”根源的なひとつ”のものから説明しようとしました。
ゲーテの当時の発想は、まさにクレイジー
だから、ゲーテの一番の理解者のシラーでさえ、ゲーテの考えを理解してない場面が出てきたりするんです。
ゲーテは最初のうちはとても困惑していました。それもそのはず、ゲーテの理解者であるシラーでさえ、ゲーテの予感やいわんとしていることとを汲み取れず、頓珍漢なアドバイスをしたのですから。
最初っからゲーテは、この思想をはっきり主張していたのでしょうか?
答えはノー
最初は、庭園や森で植物観察したり、動物の骨を調べたりしました。
しかも、当時の主流の研究をすることでしか、ゲーテの主張を表明することができないので、
主流の研究を足がかりにすることになります。
そして、彼をリードする人たちを次々とみつけていくことで、
彼のアイデアが、どんどんはっきりしたものになっていきました。
ぼんやりとした直観が、脳内でどんどん主張するようになってきました。
そして、ついにヘルダーに出会うことで、
彼の主張は、もう疑いなくはっきりしたものとなり、
この”一が多を、多が一をあらわす自然界の理念”を、全ての自然領域に敷こうしてみる勇気をもったのです。
そして、本格的な研究が開始されます!
シュタイナーの描くゲーテは本当に完璧なくらい、
ゲーテの生き生きとした研究生活が思い浮かびます。
ゲーテを理解するのにも最適ですが、ゲーテの道筋をたどることで、どのように形がつくられていくか見えてきます。
ゲーテは自分のことを信頼して、一歩一歩進みました。そして、ようやく彼の理念を使う勇気を掴んだんです。
また書きます。
ゲーテ的である科学研究や芸術作品は、後代まで全世界にわたって、誰にも超えられないものになりました。
ゲーテの観察方法の中心になるのが、
ひとつの根源的な形式から、様々な多様な形式がたわむれるように生じるという世界観です。
バラバラにみえる多様な種類のものが、バラバラに存在するのではなく、
実はひとつの形式に集約される、繋がっているという、彼の視点です。
時は1700年代後半で、場所はヨーロッパ。
当時は、機械的な世界観が広がっていました。
すべてのものは、無機的で機械的な、なんの秩序もない世界、として捉えられるのが主流でした。
つまり、世の中には、
「植物にしろ動物にしろ、本当に多岐にわたる種類のものが存在する、
だから、個々の個性をあきらかにしよう!
だって、個々の個性が生まれるのは、その個々の個性のイデー、つまり目に見えないアイデアやプランがあるのだから、形として生まれるわけであて、とにかく個々の観察が必要だね」、という視点しかありませんでした。だから、すべてのものがバラバラになっていくのでした。思想も何もかも・・・。
ゲーテは、様々な多岐性を”根源的なひとつ”のものから説明しようとしました。
ゲーテの当時の発想は、まさにクレイジー
だから、ゲーテの一番の理解者のシラーでさえ、ゲーテの考えを理解してない場面が出てきたりするんです。
ゲーテは最初のうちはとても困惑していました。それもそのはず、ゲーテの理解者であるシラーでさえ、ゲーテの予感やいわんとしていることとを汲み取れず、頓珍漢なアドバイスをしたのですから。
最初っからゲーテは、この思想をはっきり主張していたのでしょうか?
答えはノー
最初は、庭園や森で植物観察したり、動物の骨を調べたりしました。
しかも、当時の主流の研究をすることでしか、ゲーテの主張を表明することができないので、
主流の研究を足がかりにすることになります。
そして、彼をリードする人たちを次々とみつけていくことで、
彼のアイデアが、どんどんはっきりしたものになっていきました。
ぼんやりとした直観が、脳内でどんどん主張するようになってきました。
そして、ついにヘルダーに出会うことで、
彼の主張は、もう疑いなくはっきりしたものとなり、
この”一が多を、多が一をあらわす自然界の理念”を、全ての自然領域に敷こうしてみる勇気をもったのです。
そして、本格的な研究が開始されます!
シュタイナーの描くゲーテは本当に完璧なくらい、
ゲーテの生き生きとした研究生活が思い浮かびます。
ゲーテを理解するのにも最適ですが、ゲーテの道筋をたどることで、どのように形がつくられていくか見えてきます。
ゲーテは自分のことを信頼して、一歩一歩進みました。そして、ようやく彼の理念を使う勇気を掴んだんです。
また書きます。