まだまだドイツ語ができなかったころ、まだまだドイツ文学・思想世界をみわたせなかったころ、

私は、シュタイナーの解釈や翻訳を読んでいました。そこからも、沢山良いものを受け取りましたが、私は、まだまだシュタイナーを誤解していました。

今、私が知ってるシュタイナーは、愛情深く、優しい世界を見せてくれます。シュタイナーは、私に強さをくれて、創造的に生きる知恵をくれます。周りにただ流されないようにしてくれます。 それでいて周りとうまくやる方法を教えてくれます。

本当に、優しい友人のように私を励ましてくれる存在です。


だから、その本質を守りながら、シュタイナーを知りたい人に知ってもらう方法を考えてます。

現実、いま、シュタイナー思想をベースにした教育やグッズを使おうと思えば、高額です。
習い事として続けるには、時間とお金と家族からの理解が必要です。
キリスト教国家じゃないので、その辺の誤解もあるでしょう。
それをすべてクリアしていればいいです。しかし、そうじゃない人が多い。

その人に、シュタイナーをやれ、というのは、おかしいです。


本質的には、シュタイナーの教えは、自分でできます。  
もちろん、本格的にやれるなら、それでこしたことがありませんが、なくても大丈夫です。

その一歩として、文献が日本人にもちゃんとアクセスしやすくすること、

本質をあきらかにすること、

だと思うのです。
本質を明らかにする過程は大変ではあります。ゲーテ、カント、ヘーゲル、時代背景、などなどをできるだけ把握しなければなりません。彼は、ドイツ語圏世界で語った人ですから。

だから
できるだけ、沢山の人がやればいいです。ゲーテ翻訳・研究は膨大にあるから、良いのが出やすいです。
そして、ほしい人だけが受け取ればいいのです。

いま、学校教育自体が問題山積みで、
劣等感もちまくりの学生たち、
お前には力がない、頭がよくない、やっても無駄みたいに言われてる子も沢山います。
これ、絶対におかしいです。
不運にも劣等感を持ってしまった子にできることは、劣等感をあの手このてでぬぐうことです。

成績をあげることがてっとり早いなら、そうします。


みんな、無限大の可能性を秘めてて、誰一人劣等感を持つ必要ありません。

シュタイナーは、私にも、それを教えてくれました。  

だから、今日本で、私は、シュタイナー教育やりなよ、とかオイリュトミーやれ、とはいわない、言えない。


ただ、シュタイナーがしてくれたみたいに
愛情と尊重の目で子供をみたいです。


できてるか?
っていったら、できてません、



今日も、全く算数ができていない学生が、そわそわして集中してないので、ふてくされてる、と判断してしまいました。
話しているうちに、「わからなかったけど、先生にきけなかった」と言いました。


本当に反省です。


でも、常に意識して、
無限大の力をひっぱりあげたいのです。