遠回りをやめよう の続きです。

私は、英語を遠回りして学び、ドイツ語をまっすぐ学びました。
現在の英語とドイツ語は、同じくらいのレベルかと思います。とくに読む・聞くスキルはほとんどかわりありません。また、日本にいると、英語を話す機会はあってもドイツを話す機会はめったにないので、今は英語のほうが出てくる気がします。
しかし、おそらくドイツ語の環境に身をおけば、ドイツ語は早く思い出すことが可能でしょう。
英語のほうが学習年月は6年ほど長いです。
しかし、私は悪しき日本の英語教育で最初に学んでしまいました。しかも、日本語→英語という方法で単語を覚えてしまいました。単語リストというやつです。
そのせいで、ある状況があった場合、ドイツ語はそのまま出てくるわりに、英語は単語によっては日本語をはさんでしまうんです。
ある状況についてドイツ語作文しようとしましょう。しかし、思うようにスムーズに描けないとしましょう。でも、その代わり、その状況に関連するドイツ語がダイレクトにいくつもあらわれます。そして、それらのドイツ語を独独辞書でひいて、本当に自分が表現したい文章に近づけます。日本語はまったくそこに関わってこないんです。
しかし、英語の場合は、その後の修正で、だいぶ改善はみられますが、未だに、根強く日本語と英語のつながりがあって、単語によっては、日本語がはさまってしまうんです。
固有の名詞同士なら問題ないですが、動作や概念をあらわす言葉は本当にやっかいです。
日本語と英語はそれぞれ微妙に食い違い、本当に同じものなんてほとんどないのですから。
たとえば、日本語の○○は英語の××ですか?と聞かれても困ってしまいます。
その状況、文脈、伝えたいことで、変わってしまいます。
つまり、ある状況を思い描いたとき、日本語がでてきて、それぞれの単語を出して、そこから英語にしようとすると、そこに誤差が生まれてしまいます。
すべては
状況→英語
状況→日本語
状況→ドイツ語
なんですよ。
それができてから、
翻訳したり、通訳したり、日本語から英作したり、ということがスムーズに出来るようになってくるのです。
さっきまで、ドイツ語作文してて、気がついたので、メモしました。
私の英語の修正はまだまだ続きます。

私は、英語を遠回りして学び、ドイツ語をまっすぐ学びました。
現在の英語とドイツ語は、同じくらいのレベルかと思います。とくに読む・聞くスキルはほとんどかわりありません。また、日本にいると、英語を話す機会はあってもドイツを話す機会はめったにないので、今は英語のほうが出てくる気がします。
しかし、おそらくドイツ語の環境に身をおけば、ドイツ語は早く思い出すことが可能でしょう。
英語のほうが学習年月は6年ほど長いです。
しかし、私は悪しき日本の英語教育で最初に学んでしまいました。しかも、日本語→英語という方法で単語を覚えてしまいました。単語リストというやつです。
そのせいで、ある状況があった場合、ドイツ語はそのまま出てくるわりに、英語は単語によっては日本語をはさんでしまうんです。
ある状況についてドイツ語作文しようとしましょう。しかし、思うようにスムーズに描けないとしましょう。でも、その代わり、その状況に関連するドイツ語がダイレクトにいくつもあらわれます。そして、それらのドイツ語を独独辞書でひいて、本当に自分が表現したい文章に近づけます。日本語はまったくそこに関わってこないんです。
しかし、英語の場合は、その後の修正で、だいぶ改善はみられますが、未だに、根強く日本語と英語のつながりがあって、単語によっては、日本語がはさまってしまうんです。
固有の名詞同士なら問題ないですが、動作や概念をあらわす言葉は本当にやっかいです。
日本語と英語はそれぞれ微妙に食い違い、本当に同じものなんてほとんどないのですから。
たとえば、日本語の○○は英語の××ですか?と聞かれても困ってしまいます。
その状況、文脈、伝えたいことで、変わってしまいます。
つまり、ある状況を思い描いたとき、日本語がでてきて、それぞれの単語を出して、そこから英語にしようとすると、そこに誤差が生まれてしまいます。
すべては
状況→英語
状況→日本語
状況→ドイツ語
なんですよ。
それができてから、
翻訳したり、通訳したり、日本語から英作したり、ということがスムーズに出来るようになってくるのです。
さっきまで、ドイツ語作文してて、気がついたので、メモしました。
私の英語の修正はまだまだ続きます。