学生の話をちゃんときくけど、最も大事に見ているのは、無意識の行動です。
どれほど学生が口では、「真剣に授業をききたいです」「準備をちゃんとしました」
と言っても、その最初の態度でだいたいわかります。

しかし、別に責めているわけではないんです・・・。

だって、私はちゃんと事前に言っているわけです。
もし、どこの進学校でも良かったり、成績を上げることに緊急性がなく、楽しくまったりやりたいなら、最初に申告してくれれば、厳しくしません。
また、部活動や病気等で、準備が出来なかったり、何か悩み事があって上の空だったりして、真剣に授業ができないかもしれないんです。

要は、現実をちゃんと申告できないことが問題であり、
つきつめた問題は、自分で気がつかない心の葛藤なんです。


レベルの高い進学校に行きたい!でも、どうしても身が入らない。やりたくない。というアンビバレントな気持ちが内在しています。

そして、勉強はやりたくないけど、レベルの高い進学校に行きたいので、先生なんとかしてください。
という無謀な要求になります。

無責任な先生なら、それでOKして、表面的にはカリキュラムをこなして、
もし、成績が上がらず、最後に受からなくても、「運が悪かったね」と言っておしまいです。


私も、両親からの愛ではなくコントロールを受けて育ったので、幼児性の甘えが抜けきってません。最近では、どんどん小さくなってきましたが、本当に私の20代はそれはそれはひどいものでした。だから、わかるんです。

そして、無責任なものがこの世になんと多いことか。無責任な優しさにコロっとだまされてしまいます。そして、何も得られないままお金と時間だけが出て行きます。

自分に嘘をつくから、他人にもだまされてしまうんですよね。
本当なんです。私も弱い人間ですから、問題から逃げたときに、甘い言葉に何度もだまされました。時間と小銭が消えました。

だから、まずは、恥ずかしくてもなんでもないんだから、本当のことを認めてしまえばいいんです。

勉強なんて、大嫌いだ。
でも、不安だから、もしくは親のために、やってるふりをしている。

そこから色んなことが見えてくると思います。
嫌いだって、工夫次第で、良い学校に入れます。
よい学校を目指さない選択枝を心から選ぶこともできます。
腹の底から決めたことなら、親とだって戦えます。
私も好きなドイツ語を選んだときに、初めて父と戦いました。
意地で、自分でほとんどのお金も工面しました。
気弱な私でも、心底から決めて反発したことなら、強さが生まれて、やれました。



私が未だに研究論文を書いたり、教えることを仕事やボランティアにしているのは、勉強が大好きで、逆に、他のことが苦手だからです。でも、これも辛いですよ。大人になって勉強を続ける環境を整えることが、どんなに大変なことか。
勉強が嫌いな人なら、それこそ他に無数の選択しがあるわけで、私がしているような努力を放棄できるわけです。

自分に素直になれば、みえてきます。色々なことが。

心が守られて、好きなことに充実して取り組めますように。