思考は無駄だ、と教わったことは間違いでした。
そもそもシュタイナーはそんなことはひとつも言っていません。
思考は、必要不可欠なもの、強大なパワーなんです。

では、なぜ「思考は無駄だ」、とか「役に立たない」
という間違いが生まれたのでしょう。

それはおそらく、人間が、思考のメカニズムをきちんと把握していないことで、間違って思考を使ってしまうことで、本当に思考が無駄になってしまうからでしょう。

思考は、見ることや触ること、聞くことなどによって入ってくるものと同じ”経験”です。思考も経験なのです。しかし、他の五感を使う経験とは、ちょっと異なります。
思考は特殊な経験なんです。

五感で入ってくる情報は、いつも表面的です。本来の姿は見せていません。しかも、カオスです。
しかし、思考は、その姿をダイレクトにみせているものです。直接私たちの精神のなかに入ってきます。
五感で入ってくる情報に対して、真実をさぐるには、工夫が必要です。
しかし、思考は、経験そのものがその姿をそのままとどめています。
つまり、思考に限っては、経験にとどめておく必要があります。

だから、ゲーテは、「いかに」とか「どのようになっているのか」などと問うことで、観察という態度にこだわって思考を続けてきました。

思考は、すごいものです。
そして、必ず調和します。本来、思考は調和しているものだからです。

思考の強大なパワーを使うには、五感などの経験が大事になってきます。
しかし、思考はやはりすごいものなのです。

シュタイナー思想には、人生を創造的に生きるための知恵やヒントが隠されています。
ゲーテの作品によって、そのままダイレクトに”ゲーテの目”・”創造的な世界”を体験するようなものだとしたら、
シュタイナーは、そのメカニズムを懇切丁寧に解説してくれるものです。

しかし、問題はほとんどの文献がドイツ語で書かれていること。
ヨーロッパの精神とは違う、日本の独特の精神感覚は、まさにシュタイナーを理解するのにうってつけです。しかし、そのほとんどがドイツ語です。
翻訳をする場合には、ほとんど、シュタイナーの良さが失われてしまうような感じがします。

ですので、今はこうして、少しでもできるこをしたいと思います。シュタイナーのメモ書きは続けます。
シュタイナーを広めるためでなく、個々人の人生が創造的になるため、です。
だから、そう願う人にとって、大切な部分はシェアしていきたいと思います。私は、豊かで創造的に生き生きと人生を謳歌したいと願う一人です。

たとえば、シュタイナー教育だって、モンテッソーリだって、日本の古来からの教育方法だって、価値とか同じですよね。使い方次第だし、何事も一長一短です。
シュタイナーが好きならやればいいですが、そうでもないならいらないです。

ただし、シュタイナーが懇切丁寧に説明してくれた数々の人間のメカニズムは、本当にすごいものがあります。芸術として楽しみながら、ならゲーテですが、技術的に中身を知りたいならシュタイナーは抜群です。
だからといって、他にもすばらし哲学者や芸術家はいます。

私は、シュタイナーが大大大大大好きです。