シュタイナーGA6
S47-48(ページ)で、なんとも晴れやかな気分! やっぱり、ゲーテ大好き。
とりあえず、ワンクッションで、休憩。

さて、今回は、
Idee, (イデー)…
急に、日本語訳の話になります。

これね、ドイツ語なら理解できます。
しかし、日本語世界で、組み換えたとき、
「理念」という訳し方は、
毎度ながら、なんか、どうなの?と思います。  
だって、イデーって、そんな難しい話ではないし、お堅い概念バリバリのものではないんです。  

しごく、シンプルな話なんですよ。


日本人には、Idee(イデー)を理解できると思います。


だって、私のなかの、ドイツ語世界で、読んだあと、すぐに日本語世界に戻りますと、「そうだよね!ゲーテ、そうだわ!」
となります。つまり、自然を支配する感覚ではなく、自然と共に生きてきた日本人、自然の中に生きてきた日本人になら、 わかるんです。

Idee(イデー)の捉え方も、根本的には、自然観に関わってきます。
自然から自らを切り離し、思考、つまり「理論」だけで真実のすがた(Idee)を導きだすべきか、あるいは、私たちは自然と切り離せないか。
 
ゲーテは、もちろん、自然の一員である自分を感じ、自然にも(Ideeの世界)があることをつきとめます。むしろ、Ideeの世界は、自然の創造的活動的な力そのものなんです。プラトンが、外側からは真実の光は何も見いだせないものとした一方、ゲーテは、自然そのものが真実の光であり、それを自然が開示してくれる、という立場でした。しかし、ただ指をくわえて待つだけでなく、人間だからこそ、Idee世界のIdeeを独立した形として、導き出せるのですから、人間は、意識的に自然と関わるべきなんです。
自然のパワーだけでなく、 人間精神の偉大さ、これもゲーテ-思想の大事な部分です。

だから、何かを知るためには、外側から、その上にたってはならないのです。 対象の内に、深く入っていって、そのなかで動いたり、生きているものをとりだそうとしなければなりません。


とにもかくも、人間は、ただ、自然や外側に振り回され機械的、刹那的に生きるだけでなく、自然や外側と切り離し、理論だけで生きているのではありません。

自然の力の偉大さとパワー、それぞれの自分の精神の偉大さ、それらが相互作用して、生きているのです。



とにかく、また書きます。(´・ω・`)
うまい表現が、でそうで、出ません。  
課題にします。