私は、未熟なので、理不尽なことをされたら、怒りがわきます。
仕事であれば、ギリギリまで我慢しますし、仕事外であれば、静かにその場は去りますが、
怒りは続きます。
しかも、長い間、理不尽な対応をされて、しかも自分に自覚がなかった場合、あとからじわじわ怒りがやってきて、長い間、私のなかに駐屯します。
シュタイナーを使って、ジャジされ人格を否定され続けた経験は、いつまでも私にしこりを残しています。本当に未熟ですね、私。
学問世界にいたら、農業を知らないし、自然を知らないだろう、人を数学的に論理的にバッサリ切る人間だろうと、相手は私の答えを先に持ち、その答えから、私に批判やアドバイスしてきました。反論したら倍になって返ってくるし、相手は、答えを持っているので、話がややこしくなります。オイリュトミーやフォルメンをやりたくて、ついに私の身の上などは、黙っていました。
(ちなみに、山も畑も田んぼもあり、父は機械でも農機具専門なくらいだし、いやなくらい田舎で自然しかない暮らしをしてきました。
しかも、学問の世界にも、色々な人がいて、文化文学分野は、むしろ、情や感性を大事にする人が多いです。 )
怒り…
シュタイナーは、怒りは、素晴らしい魂の教育者だと言います。
怒りは、外つまり人間の表面上では、かっとなって、わきたつエネルギーにまかせて、罰してしまうような類いのものです。
しかし、実は、内側にも働きます。
内側では、魂を教育するもの、魂に働きかけるものなのです。
魂は、何か悪いことをしたものをみても、わきたつことはありません。
しかし、怒りという感情が沸き起こることで、魂(とくにフィーリングに関する魂)に働きかけます。
ゴリゴリ魂を掘るように、魂を切磋琢磨します。
そうすると、自己中心で、エゴにまみれたものがなくなっていくそうです。 エゴにまみれた行動はいつしか破綻を迎えます。
そういう人間ではなく、自己を消し、調和してゆける人間になっていきます。
面白いことは、最高に自分らしい自己を持ちながら、みんなのものになっていくんです。これは、ゲーテやシュタイナーの構造論で説明できます。一点のなかに多様性がある。多様性のなかで一点にむかう、この構造が、それが、自然的なありかたなんです。
シュタイナーは、いいます。
怒りに取り組まないで、怒りをそこに居させる。それは、意味があることです。
怒りのエネルギーは、魂を教育しますから。
怒りが、素晴らしいものに、なる。これが、まさにシュタイナー思想の醍醐味です!
仕事であれば、ギリギリまで我慢しますし、仕事外であれば、静かにその場は去りますが、
怒りは続きます。
しかも、長い間、理不尽な対応をされて、しかも自分に自覚がなかった場合、あとからじわじわ怒りがやってきて、長い間、私のなかに駐屯します。
シュタイナーを使って、ジャジされ人格を否定され続けた経験は、いつまでも私にしこりを残しています。本当に未熟ですね、私。
学問世界にいたら、農業を知らないし、自然を知らないだろう、人を数学的に論理的にバッサリ切る人間だろうと、相手は私の答えを先に持ち、その答えから、私に批判やアドバイスしてきました。反論したら倍になって返ってくるし、相手は、答えを持っているので、話がややこしくなります。オイリュトミーやフォルメンをやりたくて、ついに私の身の上などは、黙っていました。
(ちなみに、山も畑も田んぼもあり、父は機械でも農機具専門なくらいだし、いやなくらい田舎で自然しかない暮らしをしてきました。
しかも、学問の世界にも、色々な人がいて、文化文学分野は、むしろ、情や感性を大事にする人が多いです。 )
怒り…
シュタイナーは、怒りは、素晴らしい魂の教育者だと言います。
怒りは、外つまり人間の表面上では、かっとなって、わきたつエネルギーにまかせて、罰してしまうような類いのものです。
しかし、実は、内側にも働きます。
内側では、魂を教育するもの、魂に働きかけるものなのです。
魂は、何か悪いことをしたものをみても、わきたつことはありません。
しかし、怒りという感情が沸き起こることで、魂(とくにフィーリングに関する魂)に働きかけます。
ゴリゴリ魂を掘るように、魂を切磋琢磨します。
そうすると、自己中心で、エゴにまみれたものがなくなっていくそうです。 エゴにまみれた行動はいつしか破綻を迎えます。
そういう人間ではなく、自己を消し、調和してゆける人間になっていきます。
面白いことは、最高に自分らしい自己を持ちながら、みんなのものになっていくんです。これは、ゲーテやシュタイナーの構造論で説明できます。一点のなかに多様性がある。多様性のなかで一点にむかう、この構造が、それが、自然的なありかたなんです。
シュタイナーは、いいます。
怒りに取り組まないで、怒りをそこに居させる。それは、意味があることです。
怒りのエネルギーは、魂を教育しますから。
怒りが、素晴らしいものに、なる。これが、まさにシュタイナー思想の醍醐味です!