私の場合、もう何年も英語とドイツ語を学習しています。それに、ある程度は出来るようになってしまいました。とくに、読むことはかなりできます。(それでも常にまだまだ、とは思っています)
それに、日本にいるときは、話す機会がないので、ほとんど忘れていますが、その国にいけば思い出して、支障なく生活することはできます。ただし、本当に美しくもなければ、未だにしょうもない文法ミスはします。^^;
もっと活動の幅を広げたい気持ちもありますし、今こだわっているのは、翻訳力です。


それで、私のこれまでの学習歴をふりかえってみますと、時間の無駄使いがなんとも多かったことか、と思います。

1.まずひとつは、メンタル面

恥ずかしさがなかなか捨てられなかったこと。若いころは、「エレガントに出来るようになるまで話さない、書かない」、という神話を信じきっていました。「間違ってはいけない」という神話を信じていました。

そして、やる気がなくなったら、簡単にやめてしまうこと。やめてははじめ、またやめてははじめ、
を繰り返していました。
たとえ毎日10分でもよいから続けることが大切なんです。

「あなた、本当にできないわね~」という心理的な圧迫感に負けて、やめてしまうことがあったこと
「私って語学の才能がないのね」、と自己卑下して、勉強することをやめてしまうこと。
揚げ足をとってきたり、圧迫してくる空気をかもし出す人は、たいていそんなに出来るわけではないので、「そうです、できないんですぅ~」と言いながら、無視して続ければいいと思います。お互いの足をひっぱりあって、向上するのをやめるのは本当にもったいないことです。

2.次は技術面

一番の反省は、単語や文章を日本語に訳すことばかりに気をとられて、その単語のリズム、アクセント、その言葉の持つ空気感や感覚、空間性をちゃんと味わってこなかったことです。
とても簡単な単語でさえ、そうしてこなかったことで、あとで、覚えなおし食べ直ししました。

とにかくアウトプットが圧倒的に少なかったことも反省です。


とにかく、100パーセントできるようになる、という馬鹿げた目標を最初のうちから意識しすぎて、出来ない、出来ない、出来ない、と頭でいつもリピートしていたように思います。
メンタル面のなかでは、これ以上馬鹿にされたくない、出来ないと思われたくない、なんていつも感じていました。

これ、本当に無駄です。

もっと対象言語に恋しましょう。
その言語の持つ、リズム、メロディー、語感、文章構造をそのまま食べるんです。味わうんです。
そして、対象言語を通路にして、相手に伝えることに意識を向けるんです。
しっかり伝えること、言語にのせるメッセージが、本当に大事なんです。
その気持ちとメッセージが、語学を向上させてくれます。
ちなみに、相手が日本語ができるのなら、別に日本語で話せばいいと思います。
だって大事なことは、自分のハートを伝えることでしょう。知性で導いたことを主張することでしょう。
自分の外国語能力を証明するために言語を話すわけではないんですよ。

私の経験上、本当にあまり出来ない人や自らは外国語を話さない人ほど、
かなり批判力が強い人が多いです。本当に外国語ができることを証明してみろ、という空気感をかもし出している人は居ます。
だから、その空気感に押されて、大事なことを忘れてしまうことは多々あります。

大事なことは、対象言語をリスペクトして、味わうことだし、
世界の人と理解しあうことです。その気持ちが外国語力を飛躍的に伸ばしてくれます。



自分も、しょうもない語学学習で、思いっきり遠回りしましたし、お金もつぎこみました。
今だからこそわかります。
だから、皆さんにはこういう思いをして欲しくないので、書いています。
もし、参考になれば幸いです。