優しくて立派なことを言う人は沢山いますが、本当に心を動かされるような立派な行動をする人はそういません。

ただ口先で立派なことを言う人から、上から目線で、私のことをとやかく言われても、腹が立つだけです。  自然に腹が立ってしまうから、 自己嫌悪して、未熟な自分を責める「負の連鎖」がはじまります。

しかし、一方で、立派なことをしている人の背中が、私の心を動かし揺さぶり、私は、自分自身から「変わろう!」と決意するのです。  
シュタイナーは、立派でした。だから、彼の言葉はまっすぐに私に伝わります。ガンジーでも同じです。スティーブジョブズの偉業も私の心を揺さぶり、何か創りたいと自然に思わせます。

私のリアルな人生では、院時代に師事していた先生の一流の仕事ぶりに、彼から何を言われなくても、作業に駆り立てられました。

最近、優しい人に優しい言葉で、私の人生と未来を否定されました。私がいかにダメな人間か、いかに変わったほうがいいか、諭されました。
私は、怒りしかわきませんでしたし、「二度と関わらない」という決意しかわきませんでした。  
しかし、相手は優しい人。だから、自分を責めました。自分を許せませんでした。
ダメな人間であることも承知です。
だから、怒りしかわかなかった自分を責めました。  

しかし、今わかりました。
それは、自然なことであったこと。


だって口先で立派なことを言うことは簡単にできます。だからって、立派なわけではないんです。  

そして、人の影響力は言葉ではなくて、態度にあるんです。  

たぶん、私の生徒たちが、なにより英語の成績をあげやすく、意欲的なのは、私自身が、語学に大きな情熱を注いで真剣だからです。  
別に口やかましく「やれ」なんて言いません。
また、私は奨学金をタダでもらって留学させてもらったりしてますから、どんなことにも「お金がないから出来ない」という言い訳もしにくいはずです。もし何か足りないならないなりに、工夫したり、私や誰かに真剣に頼んでみたりしています。

他のことはとくに、目立ったことは何一つありませんから、私から学生を変えることはできません。  
私ができることは、学生を理解しようとすることしかできません。  

学生のことを何も知りもしないで、私の上から目線の言動で、腹を立たせてしまったら、謝りたいくらいです。
自分がそうされたら、嫌だからです。

そして、常に思ってるのは、私よりも良い先生がいたら、変わったほうがいいと思っていること。

私自身、一流の人に師事できたことで、大きく能力が広がりました。やっぱり、凄い人は空間の広がりが違うんですよ!!  
一緒に広がります。

だから、私は、せめて語学だけでも、超一流の授業をしたいんです。 それか、私より凄い先生にお金を出せるなら、そちらに行ってほしい。いつもそんな話を学生としています。←たいがい、環境やお財布と相談したら、私でちょうど良かったりします。(笑)  

言葉で諭すのは案外無意味なんです。もちろん言葉も時には必要ですが、行動が伴わないと力がない。  

親としての深い愛情か、立派な行動だけが、相手に影響を与えます。


だから、やっぱり、相手からの言葉が響かなかったら、
「ごめんなさい。あなたの言うことは聞けません。未熟さゆえに腹が立つだけです。ごめんなさい。 」
で、いいんです。

そして、立派な行動をしてる人に会いにいこう! 本当に魂を揺さぶってくれて、内側からメタモルフォーゼ!

これぞ、まさに、シュタイナーの学び!