基本的に、どんな価値観もOKだと思います。私の仕事は語学や勉強を教えることだけど、別に相手に必要ないなら、それでいいと思うんです。

しかし、困るのが、言ってることとやってることの違いが大きい場合。


医者になりたい、英検とりたい、オリンピックにでたい、合格したい・・・
とか何でもいいんですけど、

そういって、何もやってない場合です。

医者になりたいって言ってる子の、勉強態度がふにゃふにゃしてたら、突っ込みをいれます。  

私*本当になりたいの?どうするの?

生徒*なりたいですよ。 成績あげたいです。

と言っても、
また次もやってこない。


そういうことが続くと、ついに私もどうしていいかわからなくなり、厳しい口調になります。  

いい加減にしてください!
そんなんでは、無理ですよ!  
あなたの言と動の本音は、どっちなんですか?

現実は、神の領域で、私たちにはどうしようもありません。
もし、医者になりたいのなら、とんでもなく勉強したり、お金が必要だったり、それ相応のプロセスと努力が必要です。

私たちは、そうしたいなら、それなりに行動しないとならないのです。  

私は、怠け者だから、続けることが可能な大好きな勉強(教養とドイツ文学)、語学を選びました。
大きい夢がありますが、毎日努力が起きてきます。  

妄想と夢は違います。  

いまは、生徒たちに、厳しく諭していいのか、ほっといていいのか悩むところです。いつもニコニコして、ほっといてもいいんですよね。
やっぱり、厳しくすれば嫌がられます。夢は叶えたい、努力はしたくない、優しくしてほしいのが、本音だと思うんです。

でも、'"夢を叶えたい、立派な人になりたい、でもなにもしない、努力はできない、"っていうのは、ずるい、というか、何か違うと思います。    

それでも、私みたいに、怠け者だと自負するなら、必死で好きなことを見つけるしかないと思うんです。私は、今やってることの他にこんなに一生懸命できることがありません。

言と動がねじれてたら、力がでません。だから何とか工夫して、言動を一致させます。

"今日という1日"のパワーに加え、一致した言動も、ものすごいパワーを与えてくれます。
今日は授業帰りに、そんなことを思いました。