シュタイナーが、外国語教授法について発言しているのが幾つかあります。

もちろん、当時席巻していた翻訳法をやめたほうがいい、と言っています。
つまり、母語からターゲット言語、ターゲット言語から母語と訳していく方法です。
これは、いわずもがなですね。

そして、具体的な例を持ち出しています。←あとで、解説したしと思います。

それで、彼もきっと外国語学習の必要な労力と時間を知っているのでしょう。何度も、この方法なら時間と力を節約できる、と言ってるのが印象的だったのでシェアしたくなりました。



ここからは、私の実体験ですが、
私も、今もって無駄だったと思う外国語学習体験が沢山あります。しかも、まったくもって身になってないのです。
それでなくても、時間のかかる分野です。
私は、この、「結局身にならない、やっているふりをしている外国語学習方法」しかしらなくて、時間と労力をかけて、あとで、全く出来ない人が不憫でならないです。
それは、私の実体験と重なるからです。

そうじゃなくて、外国語学習そのものが喜びなんです。
そして、間違いをして当たり前です。

すべての日本人ではないですが、たいていは、日本人の前でドイツ語や英語を話すのは嫌いです。
自分は発言しないのに、私が沢山発言することで、文法間違いを指摘してくるからです。
あなたくらいの能力で通じるんだ、といやみを言われたりします。(でもその方は話しません)

あれだけ話せば、間違うし、おかしな表現をするでしょう。
それに、話し続けなければ、エレガントになりません。

でも、そんな風に言われると、こちらも意気消沈して、日本人の前ではあまり話さないようになりました。(全員ではないし、私なんかより出来る人もたくさんいますから、誤解なく。
傾向の問題です。
しかし、他の外国人同士では見られない現象なんです。)

私は今、日本の学生に英語を教えていますが、
日本の学生もすごく批判的な目、完ぺき主義的な考え方を持っています。
そのように教育されているのでしょうか。
まだまだ、基礎レベルもできあがってないのに、完璧もくそもないんですよ!
その思考を正すのに、時間がかかります。
そして、膨大な英語の資料をみせるだけで、ひるみます。

別に、全部理解しろ、と言っているのではないのです。
おかしな話です。将来的に、やりたいのは、”それ”「資料に書かれている英語」ではないのでしょうか。英語を学びたいんですよね。それを理解したいんですよね?

英語を使うというのは、そういう生のものを読んだり、書いたり、話したり、することです。それをダイレクトにやるんです。

でも、それらをみて怖いと思うのは、どこかに完璧に理解しないといけない思いこみがあると思うんです。

日本の学生さん。(これもまた全員じゃないけど)
とにかく、他人の間違いを見つけようとする。
というよりも、間違いかどうか、わかるレベルにあるんでしょうか?


それよりも、生の外国語にふれて、味わって、感じる喜びに集中して欲しいです。




つまり、喜びのレベルにもってくるんです。
私は、外国語学習=喜びです。

私は、その喜びを味わえる環境が日本にはまだまだないのではないかと思います。だから、苦手な人がまだまだいたりする・・・(もちろん、どんどん出来る人は増えていますが!!)

そのヒントをシュタイナーも語っています。


本当に外国語を学んで、沢山の無駄な時間と力を節約しよう!!