I'm square peg in a round hole
つい最近までまさにそんな感覚でした。

私には、何もなかったけど、
小学生で本を好きになり、中学生で英語、高校でドイツ語・・・
そうやって毎日大好きなものをずっと追いかけて一生懸命生きて、目の前にあるチャンスをうんと大事にしてきました。こんなこと(I'm square peg in a round hole)感じることなんてありませんでした。

何もなかったけど、毎日語学を一生懸命楽しみました。オーストラリアに留学、ドイツには何度も語学留学、ドイツの大学院留学2回も、修士号、博士課程・・・とチャンスはやってきました。
本当に順調に進んできました。
でも、一緒に芽生え始めた、”プライド”と”競争意識”
まず、「自分が出来る人間なんだ」、と誤解し始めました。また、レベルをあげてもあげても現れるすごい人。とんでもなくすごい人があらわれはじめて、もうダメだ・・・と自分を卑下し始めました。まさに評価のジェットコースター!
そして、届きそうなレベル人には闘争心をむき出しにしました。

「よし、自分で名をあげられる、誰も手をつけたことのない分野をテーマにしよう」、と
自分の力を図り、その上で、トップに立てるようなテーマを決めました。
そこから、地獄が始まったのです。
どんどん、ずれていく感覚。何かがずれていく感覚。

大きなずれが、軌道修正できなくなって、実家に退散しました。
そこへ大地震!
何もかも散々でした。

シュタイナーやゲーテが好きだったことを頼りに、軌道修正かけました。生活していきながら、研究生活を維持することは本当に大変です。馬鹿にされることもありますし、理解されないこともあります。研究生活なんていえない状態でもあります。

シュタイナーの件でも、すごい葛藤がおきました。
シュタイナーを私は、誰かに勧めたりしたくないです。
つまり、シュタイナー思想をつかって、誰かに「こうしたほうがいい」なんていう人になりたくないんです。シュタイナーを広める、とかありえないんです。
そっと、存在するものであってほしい。それが客観的にみられるテキストであって欲しい。
もし、それで、自分が必要なら、それを使いたい人がいればそれで言いし、必要ないなら、無視されるものなんです。
カフカを好きな人も、どうでもいい人もいる。シュタイナーも同じものです。
私にとってはそうなんです。

そんなこんなで、ボロボロになりました。
ドイツ語のレベルも下がる一方、

そして、大事なことに気がつきました。
大学時代の師匠の態度。
ドイツ語が好き!奥さんが好き!

これだけでいいんじゃないか・・・
語学がすき!ドイツ語が好き!薔薇十字が好き!ゲーテが好き!だんな様がすき!

ビジョンはもう見えている。
私にできることはいっぱいある。
でも、私はこのままでいい。

私は語学やドイツ語が大好きなんだもん。
私のレベルも評価も関係ないんだわ。
だって、好きなんだもん。それ以上なにもないんだもん。

というわけで、毎日楽しく食します!