自分の領域、他人の領域、神(現実)の領域。 バイロンケイティのワークが素晴らしかったところ。

私がやるのは、私の領域。
私を幸せにするのは私。
私がやるのは、願望や自分の真実に耳をすますこと。  
他人の領域に入って、相手を変えようとして苦しまない。
私を変えようとして、苦しんでる人はご苦労様です。(´・ω・`)いくら、「変わる気がないダメな人、このままじゃやばい、ダメ教師になる・・・」といわれても、私は、シュタイナー教育は日本ではやりたくありません。
ただ、シュタイナーを読み続けます。

私は、私の人生を誰にも渡さない。
私の声をちゃんときく。
そうすると、私の目の前にいるのが、ダメな母親でも、何かが理想じゃなくても、すんなり受け入れられる。 他人の意見や言動も尊重できる。
しかし、私もはっきりノーを言う。  
相手が私を大事にしなくてもよいのだが、私を大事にしないなら、去るだろう。

仕事は別にして、
やりたくないなら、完全にノーを言う。
仕事でも、出来ることと、さすがに出来ないことの境界線をひく。  

他人は変えられない。「他人がどれを選べばいいか知ってる、変えられる」、なんて傲慢。現実は起きちゃったから変えられない。もし、変えられるなら、神様は必要ない。  


変えられるのは、私の中身。そして、反映される未来も変化するだろう。