私は、トルストイの晩期の作品が好きです。そのなかでも一押しなのが、人は何で生きるか(北御門 二郎 訳)です。
クリスチャンに改宗すべきかどうか悩んでいたとき、この本が後押ししてくれました。
私にとって、目の前で困っている人すべてが、”イエス・キリスト”なんです。小さきもの、困っている人、悩んでいる人の力になる生き方をしたい。
私の未来は、神様にしかわからないし、困っているときに私を助けてくれるのは、神様であり、その神様が運んでくれた人々です。だから、ありがたく差し伸べてくれた手をとります。
そして、私に出来ることは、私に出来る範囲で、目の前の困っている人の手助けをすることです。




それで、最近・・・
自分が人の悩み解決ばかり考えていて、自分の悩みが消えていることに気がつきました。
もちろん、欲しいものもあるし、よりよくいきたいし、悩みがないわけではない。
それでも、最近、それらがいずれもたらされると、信じられるようになってきました。
信仰が強くなってきました。

私にとって、信仰とは、自分と神様との関係で、誰かにそれらを強要することでも、すすめることでもありません。
シュタイナーやマーフィーを読むのも同じです。

それで、大事なのは、悩んでいる人に寄り添い、困っている人にお金やモノや心をわけることであり、周りを明るく照らすことです。
そうして、私が出来ることはなんだろう・・・
と思うわけです。

そのうち、自分が、勉強を教えることや、学校や進路に関すること、勉強に疲れた子供たちのケア、語学に関すること全般、に深く関わっていることがみえてきました。

その一環でこのブログも書いています。

トルストイの、人は何で生きるか、とてもおすすめなので、手にとって見てください。
自分の悩みは、神様や人の手によって必ず解決されます。
だから、大安心して、人の悩みを一緒に解決してあげましょうよ!