どうして人は、虹を見ると、とても嬉しくなっちゃうんだろうって話題になったんだ。

そしたら、ある人が、[国によっては虹が不吉な象徴として認識する人もいるらしい]、とっていました。

これは伝聞の伝聞なんだけど、

これが気になって、シュタイナーの虹の記述をみたら、やっぱりありました。


虹を、通常の意識ではなくて、霊的にみると(意識にならない部分をみる)

その虹からは、霊的な働きが、大きな恐怖と勇気として流れてくるらしいです。

つまり、虹に恐怖を感じるのは、あながちまちがいじゃないってわけです。


自我、つまり「私である」という意識が発達してしまった現在では、理解しにくいけど

古代の人たちは、もっと動物的であり、集合意識全体に「私」は埋没していたので、集合として生きていました。

そのまま、自己意識を通さないので、虹は平面ではなくて、なんと立体にみえていたというではないですか。

シュタイナーの黒板絵にある、輪切りの図がそれをしめしています。虹を切ってみると、輪になってる。

つまり、古代の人たちによるドラゴンという表現は、あながち間違ってなかったんです。


意識が邪魔をするので、私たちには立体にはみえませんが、それでも立体感をよびさますことで、

不思議な感覚になれるような気がします。


さて、それでは霊的にみれない私たちは、古代の人たちより劣っているのでしょうか。

そうではありません。

進化発展の途上にあるのです。

動物的な集合意識から、それぞれが「私」という生き生きとした個別の意識を手に入れました。

それで、その「私」を思いっきり輝かせながら、みんなと手をもう一度取り合う時がきたのです。


自我を捨てる、自我を悪者扱いしたら、動物的な意識の時代に退化しますし、無理な話です。

私には無理でした。

だから、「私」を思いっきり輝かせて、そしてみんなと手をとりあいたい!

虹を違う目でみてくださいね。恐怖と勇気が流れてきます。










Android携帯からの投稿