シュタイナー思想の母体になってるのは、ゲーテだと思うんですね。それで、シュタイナーの気分じゃないとき、私はゲーテを読みます。
ゲーテとの付き合いは長いですが、この方はほんとうにとんでもない方です。
それで、sehenとanschauenについて大事なことのメモ。
どちらも、みることなんだけど、
sehenは、漠然とみること、
anschauenは注意深くみることで、別名”直観”です。
ゲーテはdenken(思考する)人じゃなくて、頭脳の人じゃなくて、眼の人だったんです。
注意深くみたら、自然がその姿の秘密を教えてくれる、
熟視→観察→思考→統合
これらは、かならず移行する。
世界を注意深く観れば、理論化をおこなっているということが出来る(ゲーテより)
参考:自然と象徴 ゲーテ
いまなんだか、”スピリチュアル”みたいのがはやっているじゃないですか、
あるいは、がちがちの思考ですべてをジャッジするようなものもある。
どちらも生きづらそうです。
それで、見えないことを見るっていうのは、天使が見えた~とか、観音様が見えた~とか
俺がちきゅうを救う~とかそういう方向にいくことじゃないと思うんです。
かといって、上から目線でちゃんと現実見ろよ、馬鹿じゃないか、無理だぞって言う人に限って、
思考で固めた発想で世界を見ているような気がします。
どちらも好き勝手でいいんですが、
そうじゃなくて、
見えないものを見るっていうのは、
注意深く世界をみてみるってことだと思うんです。
思考しすぎて、盲点になってたことが、見えてくると思います。
ぜひ、sehen ではなく、anschauenしてみてください。
世界を注意深くみてみて、
妄想世界に入り込むんじゃなくて
考えすぎてジャッジするんじゃなくて、
いろいろ自然に変わっていくよ。
シュタイナーは、そういう知恵を教えてくれる優しいおじ様。