天音でございます。

 

先日、家で父の四十九日法要をした際に。。。

 

納骨の話となり、お上人さんからは「三回忌までに納骨するのがよい」とお聞きした。

 

すると、列席者の中で

「うちのお姉ちゃんは旦那さんの遺骨はお墓に入れたけど、どうしても喉仏だけは手放すのか寂しいから手元に置いてある。。。」

と言い出した。

 

中にはどうしても手放したくないという事で、遺骨をペンダントにしたりするような人もいるそうな。

 

遺骨をダイヤモンドにしたりすることもできるらしい。

 

私はいくら大切な人でも首から骨をぶら下げて歩くのはちょっとなぁ派なので、普通に納骨したいと思っている。

 

そもそも、このだらしない子はすぐ物を失くす。

ペンダントにして「あれ、父ちゃんがいなくなった!」

と大騒ぎするのがオチである。。。

 

そもそも、仏教的には「愛」は執着の元として捉えている。

 

愛するがゆえに。。。囚われる。。。

愛されるのは良いけれど、、、執着されるとあの世に行くのに足枷となって、この世に留まり続けることになるのではないかと思うのである。

 

そして納骨と執着で思い出したのが

あの近藤真彦氏のお母さまの墓荒らし事件である。

 

私はずっと、熱狂的なファンが持ち去ったと思い込んでいたのだけれど。。。

全く状況が違ったらしい。

どうやら賞レースを辞退させるために脅していたのだけれど所属事務所がはねのけたためその報復だとか。。。

 

所属事務所に対しての嫌がらせなのか、対抗馬に賞を取らせたかったのか、そのおぞましいほどの執着に背筋が凍るおもいである。。。

 

なお、遺骨は未だに戻ってはいない。。。

アイドルとしての栄光と引き換えに訳の分からん拘りなのか執着のせいで母の遺骨を失くした、マッチさんお気の毒である。。。

 

だからジャニタレさんはそれからかどうかは知らんが、一切の賞レースを辞退する羽目になったようである。

今は流石に解禁しているようだけれども。

 

そのようなわけで、愛するのはいいけれど程ほどに。

化忌のように囚われてはいけません。。。