*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。
48. 【ユノ】
チャンミンは明らかに動揺していた。
それもそのはず、
俺は30年間生きてきて…
自分がこんな言葉を遣う人間だとは思わなかった。
「俺も…あんな気持ちになったのは初めてだったかも。
同じ経験があるってだけじゃなくて、
無性にチャンミンが可哀想で…愛しかった」
俺はいったい何を口走ってるんだ?!
ユノ、しっかりしろ。
チャンミンは「男」だぞ?!
さっきから何を考えてる?
チャンミンの昼間の態度が気になって眠れなくて…
どうしようもなくてメッセージを送った。
チャンミンも同じように眠れないと知って、
ドライブに誘った。
成り行きとはいえ、俺の心は華やいだ。
年甲斐もなく、はしゃいでいると思われるのはダサいと思ったから、
平静を装ってはいたけど…
久しぶりの夜のドライブは、
予想していたより楽しくて気持ちが昂った。
知らなかったチャンミンの悲しい過去…
いや、知らなかったんじゃない。
俺が知ろうとしていなかったんだ。
過酷な出来事を経験しても、
明るく生きようとしているチャンミン。
理不尽な父親の死には、
悲しみや怒りもあるだろうに。
そんなことを思うと、自然に…
俺はチャンミンを抱きしめていた。
「あの…ユノ…?」
ほら…チャンミンが不安そうに俺を見つめてる。
そうだよな。
俺があんな言葉を口にするなんて…
驚きを通り越して、怖がらせたかもしれない。
「い、いや…あはは。
あれ…なんだっけ?なんの話…」
「帰るよ…」
「あ、ああ…」
俺は「愛しい」なんて言ったことの言い訳を必死で探していた。
でも、うまく言葉が見つからない。
眉を下げ、
チャンミンは困った顔をしている。
だよな。そうだよな。
車のドアを開け、半身を乗り出した時…
不意にチャンミンが振り向いた。
そして…
ふわりを身を翻すと、
柔らかな「何か」が俺の唇に触れた。
温かい…チャンミンの唇だった…
とっさの出来事に俺は瞬きもできず、
ただ石のように固まっていた。
自分の身に何が起こっているのかさえもわからず…
「んっ…」
うまく息が出来なくて、
思わず声が漏れた。
すると、チャンミンはまたふわりと俺から離れた。
俺を包んでいた柔らかな唇…
それが離れる時の切なさ。
そんなことを感じる俺は正気なのか?
「あの…チャン…」
「今夜は楽しかった。また誘って。じゃあ…」
戸惑う俺に、
美しい笑顔だけを残して…
仄暗い街灯の下をチャンミンが駆けていくのが見えた。
「はっ…はあ…」
誰もいない午前3時のコンビニの駐車場で…
やけに明るい店内の照明に目を伏せ、
大きく息を吸った。
俺は脱力したまま動けなかった。
「いまのは…」
唇に触れた、
チャンミンの柔らかな感触…
俺の目の前に星が飛んでクラクラする。
「わーっ!」
ひとり叫んで…
残っていたペットボトルの水を一気に飲んだ。
落ち着け、ユノ!
落ち着け…
「なんだよぅ…どういうことだよ」
さっきのキスの意味を…
どう考えたらいいのか俺は混乱した。
考えまいとすればするほど、
唇を重ねた時のチャンミンの艶めかしい顔が…
脳裏をかすめる。
「目を閉じればよかったのか?
って…そんな問題じゃないだろ!
俺は何を考えてるんだ!」
ハンドルに突っ伏すと、
ダッシュボードに置いたスマホが震えた。
チャンミンからだった…
『いま家に着いたよ
ユノはまだ運転中だと思ったからメッセージにした』
『真夜中のドライブ
ホントに楽しかったよ
色々悩んでた気持ちが少しラクになった気がする
父さんの話も聞いてくれてありがとう
誰にも話したことなかったけど
ユノが聞いてくれてうれしかった』
『来週のコンペ、楽しみにしてる
またね^^おやすみなさい』
「なんだよ…これだけかよ」
キスした件には触れてこなかった。
俺はチャンミンの「言い訳」を期待してたのか?
それとも…