*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

34.



それから二週間──
ジェノはユノのマンションで夏休みを過ごした。
仕事が忙しく、構ってやれないユノに代わって、
僕はなにかとジェノの世話を焼いた。
僕自身も弟のような友達のような…ジェノと楽しい時間を過ごしていた。
ジェノはユノの仕事に興味を持ち、
工場についていっては色々教えてもらっていたようで、


「テーマパークより、兄さんの工場のほうが何倍も面白いよ」


そう言って瞳を輝かせるジェノに、
ユノもまんざらでもない様子だった。
僕はユノとジェノがいない間、
KH企画の仕事を出来得る限りこなした。
夕方には食材を買いこみ、晩御飯に腕を揮った。


「うわぁ、美味そう!」


ジェノがいると、ユノは「兄の顔」になる。
僕が感じ取ったユノの憂いや影は姿を消していた。
屈託なく明るく笑うユノを見て、
僕は心が和んだ。


「これ…なんていう料理?」


「これはラタトゥイユだよ。
南フランスの家庭料理なんだ」


「僕でも…作れるかな?」


「えっ…ああ、もちろん!
わりと簡単なんだ。野菜を切って煮込むだけだから」


「そうなの?じゃあ、教えて!」


僕とジェノの会話を聞いたユノは驚いた顔で


「ジェ、ジェノ…おまえが?これを?!
大丈夫なのか?おまえは料理のセンスってものが…」


「ユノ、いいじゃない。
ジェノがやる気になってるんだから。ね?」


「ま、まあ…でもなあ…あのハンバーグ…
俺はトラウマになりそうだよ」


「初心者なんだから仕方ないよ。
慣れればジェノだって何でも作れるようになるよ」


ジェノは目を細め、
にこにこと僕とユノを交互に眺めている。


「ど、どうした?うれしそうだな」


「兄さん…僕、明日帰るよ」


「えっ?!」


僕とユノは顔を見合せた。
突然のジェノの言葉に僕たちは驚いた。


「えっ…ジェノ、どうして突然…?
ユノと僕を見張りに来たんじゃなかったの?」


「そうだよ!俺たちが本物の恋人かどうか…
確かめにきたんだろ?」


「うん…そうだよ。
父さんが行ってこいって言うから…
でも、もういいんだ。
二人が仲良くしてるってこともわかったし。
まさか二人がHしてるところまで確認するなんてできないだろ?
そんなことより、何より…
兄さんがチャンミンを見る時の目だよ。
やさしくて…穏やかで。
僕が小さかった頃、一緒に遊んでくれた時みたいな目だった。
チャンミンはいつも兄さんのことを気に懸けてくれてて…
僕のことも本当の弟みたいに接してくれた。
兄さんのことも、僕のことも…
大切にしてくれてる。
それがわかったから。それに…」


ふと、となりに座るユノを見たら…
目尻を充血させて鼻を啜っていた。
きっと…
成長したジェノを感じてうれしかったんだな。
ジェノは此処へ来た時よりもずっと大人の顔になった。


「父さんに命令されたから来たけど、
兄さんがゲイでチャンミンと恋人同士かなんてことよりも…
息苦しい屋敷から出て、
街に出たかったっていうのが本音なんだ。
二人のことは…お好きにどうぞ、ってカンジ」


「はぁ?!」


ユノと僕は声を揃えて叫んだ。
ジェノはあの恐ろしい親父さんよりも一枚上手だったってこと?!
ユノが思っていた「兄を溺愛する弟」というのも…
はるか昔の幻想だったようだ。


「そりゃあ、兄さんの事は好きだよ。
僕の憧れで目標でもある。
実は僕も二人のことは怪しいと思ってたんだ。
兄さんがよりによって男の人と…なんて。
でも…男同士でもなんでも、好きならいいと思うし。
それに二人はちゃんとお互いを思ってるし、
大事にしてるしリスペクトしてると思ったから。
父さんにはうまく言っておくから。任せて!」


「ジェノ…おまえ、大人になったなぁ!」


ユノはジェノを抱きしめ、
ついでに僕も抱きしめられた。
3人で固く抱き合ううちに、
僕はこの瞬間が永遠であってほしいと願い始めていた…


翌朝、ユノと僕はジェノを駅まで送って行った。
改札を抜け、手を振るジェノを見て寂しさがこみ上げた。


「きょうだいっていいね。僕は一人っ子だから。
あんなに可愛い弟がいてユノが羨ましいよ」


「まあね。生意気だけど自慢の弟だよ」


結局、僕たちは一度も同じベッドで寝なかった。
アクシデントとはいえ、重ねた唇の温もりだけが甘酸っぱい思い出になった。
そして、完全に…
僕がユノの側に理由はなくなってしまった。