*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

30.



わかってる…
僕とユノは、所詮ビジネスありきの関係。
ユノは親の決めた結婚をしたくなくて、
「自分はゲイで、同性の恋人がいる」
そう言えば、親は黙って引き下がると考えた。
どこかでヒチョル社長が経営する人材派遣会社、
「KH企画」を知って…
僕というキャストを見つけ、
自分の計画にうってつけだと思い、仕事を依頼した。
うん、それだけの話だ。


「はあ…」


ユノが経営する自動車の工場。
いまは昼休み中で、それぞれ思い思いに時間を過ごしてる。
ジェノは高校を卒業したばかりだという、
同年代の社員の男の子と気が合ったみたいで…
一緒に昼飯を食べに行った。
僕は…
なんだか気分が落ち込んでしまって、
昼飯の誘いを素っ気なく断ってしまった。
工場の前にある自動販売機でミネラルウォーターを買って、
静かになった工場を眺めながらため息を吐いてる。


「チャンミン」


「ユ、ユノ?あれ…みんなとランチに行ったんじゃ…」


「いや、チャンミンが行かないって聞いたから。
どうした?腹でも痛いか?」


「ううん。そんなことないよ。
ちょっと…一人になりたくて」


僕は少し拗ねていた。
何に?理由は自分でわかってる…


「ユノは?ジェノたちと行かなくてよかったの?」


そう…僕はジェノに微かな嫉妬を抱いていた。
兄弟だから、仲が良いのはわかってる。
さっきの二人の会話からは、
自動車メーカーの創業家に生まれた血脈とでも言うのかな…
たしかに同じ血が流れているんだと感じられた。
同じ目線で同じものに興味を持ち、
過去も現在も未来も共有してる…そう感じた。
誰も割って入れない絆のようなものを感じてしまった。
別に意地悪されたわけじゃない。
勝手に僕が拗ねているだけだってわかってる。
二十歳にもなって子供っぽいってことも…


「俺はいいんだ。
ジェノはリュウ…あの若い見習いな。
年が近いからすっかり意気投合してさ。
金だけ渡して、俺は引き返してきた」


「そうだったんだ…」


僕のカラダにようやく温かい血が流れだした。
いい年して嫉妬して自己嫌悪になって…
ユノが戻って来たことで機嫌が直るなんて、
自分でもどうかしてると思う。


「腹の具合が大丈夫なら…これ食える?」


ユノがコンビニのおにぎりを二つ、
手のひらに載せてくれた。


「えっ…買ってきてくれたの?」


「はは。チャンミンのためだけじゃない。
俺も食うからさ」


そう言って、ユノは豪快におにぎりにかぶりついた。
僕が拗ねていたのはジェノのことだけじゃない。
この若さで自分で会社を興し、
好きなことを仕事に出来ているユノが眩しかった。
少人数だけどアットホームな職場の雰囲気、
自分だけの…ユノの城がここにある。
それに比べて僕は…
自分の性を隠し、大学を中退し、
夢も希望もない日々を過ごしてきた。
社長に拾われなかったら…
僕は確実に道を踏み外していた。
だから…親の力も借りず、夢に向かって進むユノに…
卑屈になっていたんだ。


「ん?チャンミン、食わないの?
だったら俺が…」


「食べるよ!いただきます!!」


僕たちは笑い合いながらおにぎりを頬張った。
初めて会った時のスタイリッシュなユノも、
パーティーでタキシードで決めたユノも素敵だったけど…
こうして煤と埃で汚れたつなぎを着て、
エンジンオイルの匂いがするユノが一番カッコいいと思った。


「あ、ごめん…電話…」


ポケットに入れたスマホが震えた。
僕は慌ててユノの傍を離れ、工場の隅へと移動した。


「はい。シムです」


「シムさんですか?光の家サナトリウムです。
いま、お電話よろしいですか?」


忘れていた。きっとメッセージの返信の催促だ。


「え、はあ…あの…来月のことですよね?」


「ええ。お母様が待っていらっしゃいますよ。
来られるとお伝えしても大丈夫ですか?」


「…そう…ですね。行きます。来月は必ず…
あ、それと…今月の支払いは?」


「お部屋代はもう振り込んで頂いております。
食費と諸経費のみで大丈夫ですよ。
来月までに一度、いらっしゃいませんか?
ぜひ、お母様にお顔を見せてあげてください」


「光の家サナトリウム」
父が亡くなり、体調を崩した母を預かってくれている施設だ。
いつか僕の元で引き取りたいと思っているけど…
なかなか実現しそうもない。
僕は…母から逃げてる。