*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

28.



「いらっしゃいませ」


数名の店員が忙しそうに接客に追われていた。
こういう店に入ったのは…実は初めてだ。
一応、人並みに肌の手入れはしてるけど、
いつもドラッグストアで買える程度のものだ。
煌びやかな店内のディスプレイ、
咽るような香水の匂いに頭がクラクラしてきた。


「ちょっと、ジェノ。
こんなとこ…いつも来てるの?」


女性でいっぱいの店内を進んでいくジェノの腕を引っ張り、
僕は小声で訊ねた。


「ううん。初めてだよ」


気が引けてる僕に比べ、
ジェノは堂々としている。
並べられた化粧品や香水を手に取り、
頷いたり首を横に振ったり…
モデル並みの美貌と容姿のジェノを見て、
店内の女性たちが色めき始める。


「わあ…モデルかな?カッコいい」
「アイドルじゃない?」


さすが生まれ持ってのセレブ…
聞こえてるだろうに、ジェノはまったく意に介さない。


「何かお探しですか?」


店員がにこやかに声をかけてきた。


「ちょっと探してるのがあって…
あ、でも大丈夫です。用があったら声をかけるので」


17歳の少年とは思えない、
実に大人びた振る舞いだ。
僕なら…高校生でこんな店には入らない。
っていうか、入れないよ。
女性向けの高級コスメだよ?
いまだって正直戸惑ってるんだから。


「ジェノ、もう行かなくちゃ…」


僕がジェノの腕を掴んだ時、
ふと後ろから視線を感じた。


「あの…お客様、もしかして…
一ヵ月ほど前、お会いした友達の…」


あ…!
声をかけてきた店員は…
前に仕事で恋人代行をやった時、
クラブで誘いを断った女の子だった。


「チャンミン、なに?」


気づいたジェノが僕の顔を覗き込んだ。
ヤバい!こんなところで会うなんて…


「え?いや…僕は知りませんけど?
人違いじゃないですか?」


「でも…すごく素敵な方だったので憶えていて…」


「いえっ、違います」


僕は努めて冷静に…それでいて強くきっぱりと否定した。


「そう…ですか?申し訳ございません。
友達の彼にそっくりだったもので…」


「ははは。ジェノ、行くよ!」


ジェノの腕を掴み、僕は急いで店を出た。


「ちょっ、待ってよ!チャンミン!」


店が見えなくなったところで、
僕はようやくジェノの腕を離した。


「友達に頼まれてたリップ、探してたのに!」


「もういいだろ?早くユノのところへ行くよ」


ジェノはジロリと僕を睨んだ後、
意味ありげな眼差しを向けた。


「へえ…チャンミンって、女の子とも付き合うんだ。
さっき言ってたよね?友達の彼…とか、なんとか」


「?!」


相変らずジェノは観察眼が鋭い。
ユノの仕事を受ける前、
「学生時代、自分をバカにした友達を見返したい」
そんな女の子の「恋人代行」の依頼を受けて…
その時、僕を誘ってきた友達の一人が、
さっきの店員だった。
こんな偶然…めったにないんだけど。


「さあ…他人の空似じゃない?
こんな顔、どこにでもいるよ」


「またまたぁ…いるわけないでしょ?
チャンミンみたいなイケメン。
どこにでもいるはずないよ」


ジェノは意味ありげに僕の顔を覗き込んだ。


「ふうん…チャンミンは女の子もイケるんだ?」


「えっ?!」


「ふふふ。まあ、いいけど。兄さんには黙っててあげるから。
でも、兄さんを傷つけたりしたら…許さないよ?」


子犬のような濡れた瞳の奥は…笑っていなかった。