*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

17.




何十…何百という瞳が僕たちを見ている。
僕は思わず俯き、息を飲んだ。
誰かの合図で、止んでいた弦楽四重奏が再び始まった。
行き過ぎる人々は、皆…
ユノの前でにこやかに目礼を交わす。
そして、僕には…珍しい動物でも見るような、
好奇の視線が突き刺さる。
ちらっと見たユノの横顔は…
見覚えのある冷ややかな眼差しだった。
さっきまで二階の部屋で冗談を言っていた、
あの人懐こい笑顔の主ではなかった。
僕は暗い宇宙の果てに、独り突き落とされたような気がして…


「ユ…」


「ユノ!」


頼りなげな僕の声などかき消すように…
ひときわ立派な身なりの紳士が近づいてきた。
他の招待客とは明らかに貫禄が違う。
この人は…


「お久しぶりです」


「?!」


冷たい瞳のまま、ユノは紳士と向き合った。
僕はとっさにユノの背中に隠れた。
明らかに場違いな人間だと思われてる…
そんなオーラが伝わってきたから。
ユノの友人とは言えないほど「若造」な僕が、
そう思われても致し方ないとは思うけど。


「ユノ、元気だったのか?
もう何年振りだ?たまには帰ってきなさい。
仕事は…まあまあ、上手くやっているようだが」


「ふっ。相変わらず俺を監視してるんですか?
ご心配なく。たとえ会社を潰してもあなたに迷惑はかけませんよ」


銀髪の大柄な紳士…
「ユノ」と親しげに呼ぶけど、
ユノは「あなた」と冷たく反応する。


「あなた。久しぶりにユノさんに会えたのに…
そんな怖い顔をなさって。
ユノさん、お父様はあなたのことをいつも心配なさっているのですよ」


ユノとさほど年の変わらないような、
長い黒髪の美女が二人の間に割って入った。
お、お父様?!
この人が…ユノのお父さん?!
パーティーの主催者じゃないか!


「ユノさん…今夜はお父様が国から表彰されたお祝いの会です。
どうか和やかに…」


美女は縋るような瞳でユノを見た。
目元が涼しげで、話し方からして頭の良さそうな女性だと思った。


「ソミさん。いつも父がお世話になっています。
大丈夫ですよ。まさか、このめでたい会を荒らしたりはしませんから」

ユノの言い方には棘があった。
ユノとお父さんと美女…
この三人の関係性はわからないけど、
何だか僕は切なくなってしまった…
じりじりとした居心地の悪さが僕を包む。
美女もやるせなそうな顔をしているじゃないか。
どういう事情だか知らないけど…
ユノ、女性にそんな言い方はよくないよ!


「ユノ、そちらは?」


ユノのお父さんが僕に気が付いた。
パーティーが始まる前、


「何も心配しなくていい。
俺がちゃんとエスコートするから。
チャンミンは堂々と微笑んでいればいいよ」


ユノが僕にそう言った。
それはきっと…
「余計な事は言うな」ってことなんだ。
何を聞かれても、言われても笑っていろと…
いくら一人で乗り込むのが憂鬱な場所だからって、
人材代行業の僕を連れて来たなんて…
親には紹介できないよね。
ユノのお父さんは眼光の鋭いひとだ。
はっきりした眉とか、通った鼻筋とか…
あとは切れ長の黒い瞳。
親子だし似てると思うけど、
雰囲気はまるで違う。
どういう立場の人なのか知らないけど、
凄い圧力と威厳は感じ取れた。


「ユノ…」


ユノの背後にいた僕は、
思わず彼のタキシードのジャケットを引っ張った。
ユノは真っすぐ前を向いて…


「彼はシム・チャンミン。
俺の…恋人です」


「ええっ?!」


驚く僕の腕を引き、自分のほうへと抱き寄せた。


「なっ、なに…ユノ?!こっ、恋…」


突拍子もないユノの言葉に、
僕は唖然呆然で声も出なかったけど…
僕たちの目の前にいたユノのお父さんは、
怒りと絶望が混じった顔で仁王立ちになった。


「ユノっ!!」


お父さんの怒鳴り声が雷のように落ちた。
気がつくと、パーティー会場がしんと静まり返っていた。


「今日は…彼を紹介するために、俺は此処へ来たんです。
あなたの息子、チョン・ユンホは…シム・チャンミンを愛しています」


「ちょ、ちょっ…」


ユノが片目を細め、小さく首を振った。
僕は…ぐっと言葉を呑み込んだ。