*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

16.



階下の会場では、すでにパーティーが始まっている。
多くの招待客で会場は溢れ、
立食形式の料理はどれも一流シェフが腕を揮ったものだ。
カルテットが奏でるクラシックの調べが聞こえる…


「ねえ、下に降りないの?
パーティーに出るんじゃなかったの?!」


「まだまだ。俺たちの出番はもっと後だ」


招待客の楽しそうな声が聞こえる。
たぶん、料理のいい匂いも…
だけど…僕とユノは、まだユノの部屋にいた。
とっくにパーティーは始まっているというのに。


「出番、って…僕たち、余興しにきたんじゃないよ?」


「余興か…まあ、そうとも言えるな。はははは」


ユノはベッドに横たわり、パソコンと睨めっこしていた。
部屋から出るなと釘を刺された僕は、
ドアの隙間から耳をそばだてた。


「パーティーでたくさん食べろって言ったのはユノでしょ?
ここにいたんじゃ…ご馳走がなくなっちゃうよ」


タイミングよく、僕の腹の虫が大きな声で鳴いた。


「ちょっと待って…このメールだけ返したら…」


「こんな時にまで仕事?!呆れた…」


こんなお金持ちのぼんぼんなのに…
ユノはいったいどんな仕事をしてるのだろう?
自動車部品製造の会社を経営してるってことだけど…
お父さんの仕事の後継ぎとかではなさそうだし。


「言っただろ。うちは社員数名の零細企業だ。
それに顧客ファーストでやってるから。
いつでも、どこにいても対応しなきゃいけないんだ」


パソコンのキーボードを叩きながら、
ユノはノールックで力強く言った。


「へ、へえ…」


その迫力に少し戸惑った。
だって…仕事に熱中する男のひとって…
カッコよく見えちゃうじゃない?
僕は邪念を振り払うように、
またドアの向こうへ耳を澄ませた。


「あ、演奏が止んだよ。
パーティーの主催者…
ユノのお父さんの挨拶じゃない?
みんな拍手してる」


それを聞いたユノは、
やっとパソコンの画面を閉じた。


「よし。行くぞ」


「う、うん」


ユノはタキシードの襟を正し、
僕を見て頷いた。


「うん、いいよ。決まってる」


「そ、そう?よかった…」


「ちょっと…タイが…」


そう言って、ユノは僕の蝶タイを直してくれた。
これ…SAUVEGEの匂い…
僕の好きな香水をユノがつけていた。


「その香水…僕の好きな香りなんだ」


「へえ…だったら…」


不意にユノが僕を抱きしめた。
あまりの突然のことに、僕は舞い上がって言葉を失った。


「ちょっ…なに…」


ほんの数秒だった。
でも、僕の体には電流が走って…
ユノの腕の逞しさと温もり、
そして大好きな香りが、僕の理性を麻痺させる。
ああ、どうして…こんなこと…


「ははは。すまない。びっくりした?
これで俺の匂いがチャンミンに移っただろ?」


「え…そういえば」


僕はタキシードのジャケットを嗅いでみた。


「うん…SAUVAGEの香り…
でも、どうしてこんなこと?」


「まあまあ。いいから。行くぞ」


ユノはいつも僕をはぐらかす。
こんなことされたら…
「惚れてまうやろー!」って。
僕は心の中で叫んだ。
タキシード姿のユノの大きな背中。
階段を降りれば、いよいよパーティーへ…


「坊ちゃま、旦那様がお待ちですよ」


「わかってる」


執事っていうの?
少し年配の黒服の男性が、ユノに声をかけた。
ユノが会場に足を踏み入れると…
そこにいた招待客が、いっせいに僕たちに注目した。