*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。
11.
「チャンミン、ホントに行くのか?」
「うん。駅で待ち合わせしてるんだ。
大丈夫だと思うけど…一応、社長の顔見てからと思って」
「な、なんだよ。今生の別れでもあるまいし!」
「あはは。そうだよね。
でもさ…僕にこの仕事のノウハウを教えてくれたのは社長で…
言ってみれば〝育ての親〟だから。感謝してるんだ。
1200万Wの仕事ができるようになったのも…
社長がいてくれたおかげだし。
今回のでちょっとは儲けも出るよね?」
「こっ、この野郎!生意気に大人になりやがって!」
社長は僕を強く抱きしめ、
その声は少し震えていた。
ホントだよ?僕は社長のこと、家族だと思ってるから。
生意気かもしれないけど…
今回の仕事で、少しでも事務所が潤ってくれたらいいと思う。
「で、その恰好…スーツでいいのか?
ユノのやつ、なにを企んでるんだ?」
「別に…普通だけど?
チョン代表から何も制約はないよ。
わりと気楽な仕事になりそう。ふふ。
ホテルも別々の部屋を取ってあるって。
ちょっとぐらいミステリアスなほうが楽しいよ」
「ミステリアス」なんて…
「気楽な仕事」なんて…
社長にはそう笑ったけど、
僕だって不安がないわけじゃないよ。
でも、社長に心配はかけたくないし。
何より自分で選んだ仕事だし、
チョン代表への興味もまったく消えたわけじゃないから…
「もう行かなくちゃ。じゃあね」
「気を付けて。何かあったらすぐに連絡しろよ!」
「いってきます」
期待と不安が綯い交ぜになって…
まるで僕は、修学旅行へ向かう小学生みたいに心がふわふわと定まらなかった。
駅前のターミナルで待っていると、
一台の青いジープが滑り込んできた。
とてつもなく目立つ…高級外車だ。
ターミナルにいる人々の目が釘付けになってる。
「まさか…あれ?!」
青いジープは僕の前で停まり、
サングラスをかけたチョン代表がパワーウィンドウを開けた。
「おはよう。待たせた?さ、乗って」
「おはようございます。失礼します」
僕は周囲を気にしながら、ジープに乗り込んだ。
BGMは意外にもハウスミュージック!
チョン代表って…ますますわからない。
「今日は晴れてよかったですね。
二日間、よろしくお願いします」
「こちらこそ…
ごめんね。仕事でバタバタしててロクに連絡もしなくて」
「いえ…」
もしかして、チョン代表も緊張してる?
いつもなら大人の余裕って笑顔なのに…
どこかぎこちなくて、二人とも会話が繋がらない。
運転席の真剣な横顔が僕をいっそう緊張させる。
車はいつしかインターチェンジから高速に乗っていた。
「すごい…車ですね。ジープですよね?」
「え?ああ…これ?うん。そうだよ。
君、車好きなの?」
「はい。小さい頃はカーデザイナーになりたいって思ってた時期もありました」
「へえ。そうなんだ。
俺も…クルマ関係の仕事だから。
ガキの頃から早く免許取りたくて、ウズウズしてたよ」
それからしばらくクルマ談義で会話が続いた。
愛車についてうれしそうに語るチョン代表は、
少年のように瞳をきらきらと輝かせていた。
高速に入ってどれくらい経った頃か…
「サービスエリアで昼飯にしよう」
僕はもう、今回の仕事についてあれこれ詮索しないと決めていた。
どうしてそう思ったのか…
自分でもはっきりと説明できないけど、
僕の身に危険が及ぶことはない、
チョン代表はそんなことはしない。
「信じる」とかそういう感情ではなかったけど、
この人は悪い人ではないと直感したから。
他に業者はたくさんあるはずなのに、
昔なじみのヒチョル社長に仕事を頼むような人だもの。
ひとクセあるかもしれないけど…
僕は自分の勘を信じることにした。
僕たちは駐車場に車を停め、
カフェテリアで休憩した。
「行先も目的も知らされないで…不安?」
「いえ。道路標識に『ファサン』と書いてあったので…
南のほうに行くんだってわかりましたから」
チョン代表は、目を丸くして…大きな声で笑った。
今日、初めて見る彼の笑顔だった。