*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

10.




チョン・ユンホ 30歳
職業 UKファクトリー 代表
配偶者 なし


チョン代表が席を外している間、
僕は書き込まれたプロフィールの用紙をまじまじと眺めていた。
履歴書じゃないから、あと書いてあるのは住所と連絡先だ。
スマホで「UKファクトリー」を検索したら、
「自動車部品製造販売」と書いてあった。
なんだか…ひとりで縁を感じてしまった。
僕の父さんは、自動車部品を作る小さな工場を経営していたから。
大手メーカーの下請けだったけど、
部品を開発する父さんの腕は一流で…
子供ながらに僕は鼻が高かった。
大きくなったら、父さんのように車に携わる仕事がしたいと思っていた。
「カッコいいスポーツカーをデザインしてみたい!」
小学生の頃の僕の夢だった…


「すまない。ちょっとお客さんとトラブって…」


「大丈夫ですか?」


「ああ、これからまた作業場に戻らないといけなくなった。
えっと…もっとゆっくり話したかったんだけど、不測の事態で…
あと、何か俺に聞きたい事ある?」


「あの…依頼なんですが…内容を教えていただけますか?
そうでないと、お受けするか判断できないので」


チョン代表の表情が一瞬、曇った。
しばらくの沈黙のあと


「内容は…旅行とでも言っておこうか。
その旅先でちょっとした食事会に出てほしい。
もちろん、俺と一緒に」


「…三日間ですよね?」


「一泊二日で十分だと思う。
俺の車で行くつもりだが、
ホテルの部屋は別々だしもちろん交通費も払う。
報酬として1200万W払うよ。
どう?悪い話じゃないと思うけど」


「はい…でも!いったん持ち帰って社長に報告してみます」


僕の心は決まっていたけど…
なぜだかここで出し惜しみしたくなった。
無意識に自分の価値を上げようとしていたのかもしれない。
チョン代表の足もとにも及ばないってわかってるけど…
同じ男としてのプライド?
僕には僕のセオリーがあるんだ。


「わかった。いい返事待ってるよ。
携帯の番号は書いてあるから…
仕事中は電話に出られないこともある。
SMSでいいから」


「はい。今夜はご馳走様でした。
久しぶりのイタリアン、とても美味しかったです」


「じゃあ、また」


そう言って、チョン代表は呼んであったタクシーに乗り込んだ。
僕は走り去る車に向かって、軽く頭を下げた。
そして、すぐに社長に電話した。


「…ってことで。無事に打ち合わせ終わりました」


「依頼内容がはっきりしないのに…受けるのは危険だ。
言っただろ?あいつは、ああ見えて…相当深い闇があるって」


「でも…僕はやるつもりだよ。
少し鼻持ちならないところもあるけど、
それはチョン代表がセレブだからだよね?
いいとこの坊ちゃんなんだろ?
だったら…あれぐらいの不遜な態度は仕方ないと思うよ」


「不遜?!チャンミン、何か言われたのか?」


「あ、ううん…大したことじゃないよ。
社長は僕に任せるって言ってくれたじゃないか。
だったら、僕に決定権があるはずだよ」


社長は大きなため息を吐いた。
歯に衣着せぬ物言いをする社長が恐れているなんて…
チョン代表って、いったいどんな人物なんだろう?
僕の好奇心はますます大きくなっていった。


翌日、僕はチョン代表にSMSで連絡した。
その夜、返事が返ってきて…
四日後の土曜から日曜の夜まで、
僕はチョン代表の仕事に入ることにした。


「受けてくれてうれしいよ」


「何かご要望はありますか?
見た目とか言葉遣いとか…」


「特にないよ。この前のカンジで。君はただいてくれればいい。
土曜日AM10時に駅のターミナルで待ち合わせよう」


「僕はどういう設定でいけばいいですか?
設定があるほうがやりやすいので…」


そう訊ねたけど…
チョン代表から返事が返ってくることは無かった。


「なんだよ…せっかく訊いてるのに」


人懐こいかと思えば、素っ気ない。
温和な笑みを浮かべながら、
強引さを感じさせる時もある。
丁寧かと思えば…
こんな風に放置だ。


「いいよ。ビジネスなんだから!
三日の予定が二日になったけど…
それでも誓約書は1200万Wで交わしてあるんだから」


そう、これは僕のお仕事。ビジネスだ。
何もビビることなんてない。
週末旅行に同行する…それだけのことなんだから。
僕は腹を括った。