*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

7.




社長の気持ち…
同じ質の僕は痛いほど分かる。
僕はいままで、自分がゲイだってことを誰にもカミングアウトしていない。
自分から進んで公表していない、っていう意味で。
社長のように、見抜いてしまう人もたまにいるけど。
大抵はうまく誤魔化すか、きっぱりと否定する。
だって、面白半分に聞いてくる場合が多いから。
学生時代は、
「恋人がいない」
「女の子の話をしない」
「男同士のHな話に興味を示さない」
そんな僕を揶揄ってくるやつはたくさんいた。
そうじゃないフリをしたこともあったけど…
ノーマルに擬態するのってけっこう疲れるんだ。
いつか、僕のことをちゃんと理解してくれるひとが現れたら…
幸せになれるのかな?
なんて、夢みたいなことも考えるけど、
現実はそう甘くはないって分かってる。
だから…


「僕、社長は偉いって思うよ。
自分の気持ち、ちゃんとぶつけて。
僕なんか弱虫だから、そんな強いメンタルが羨ましいよ」


「でも…さんざんな目に遭ったし、めちゃくちゃ傷ついた。
毎月、ユノの口座に返済金を振り込むたびに思い出されて…
トラウマを克服するのに何年もかかった。
この会社を立ち上げて、ようやく軌道に乗って…
一気に返済金を振り込んだ時には、胸の痞えがすっと取れたよ。
もう、これで…ユノと関わらなくていいんだ…って」


社長は笑っていたけど、
どこか寂しそうにも見えた。
社長は…憎んだり疎ましく思ったりしながらも…
心のどこかではまだチョン代表を忘れたくないって…
そんな風に思っていたんじゃないかって思えた。


「チョン代表って…魅力的なひとなんだね」


「へっ?チャンミン、なに言ってんの?
俺の話、ちゃんと聞いてたか?
俺は、ユノと縁が切れてよかったって話をしてんだけど?」


「ふうん…」


「ふうん…って。おまえなあ!」


社長は立ち上がり、ブツブツ言いながらコーヒーを注いだ。


「で、チョン代表の依頼って…なに?
詳しい事はまた連絡するって言ってたけど」


「俺も…詳しい事は知らん」


「えっ?依頼内容を聞いたから、断ろうとしてたんでしょ?
僕はてっきり社長は知ってると思ってた…」


どうやらチョン代表は、社長にも詳細を伝えていなかったようだ。
僕はますます謎めいたチョン代表が気になった。


「どこかでここを調べて…電話をかけてきたんだ。
で、社長の俺の名前をみつけて…ああ、もう最悪だ!
昔、ユノに借金を肩代わりしてもらったばっかりに…はあ…
だが、あいつに借りを作ったのはこの俺だ。
たしかにあの時は助かった。
ヤバい金融業者だったから、金利も法外だったし。
ユノがいなかったら…今頃俺は蟹工船地獄か、あの世に行ってたな」


「だったら、仕事を受けて借りを返せばいいんじゃない?
なにも社長がやるわけじゃないし。
僕がやってもいいって言ってるんだから。
それで上手くいけば…
社長はチョン代表に負い目を感じなくて済むでしょ?」


「ううううう…」


社長の気持ちには迷いがあるように思えた。
でも、社長ってMっ気があるって感じてたし…
「キライキライもスキの内」
なんてことも言うから。
それに報酬がかなり大きいのも魅力的だ。


「で、チョン代表って…」


言いかけた時、事務所の電話が鳴った。
社長は大きなため息を吐きながら、
受話器を取った。


「はい、KH企画…あっ!おまえ…
ああ、うん…いるけど…わかったよ!」


憮然とした顔で、社長が受話器を差し出した。


「ユノだ。チャンミンに代われってさ」


「チョン代表?」


早速…さっき帰ったばかりなのに。
僕は俄然として、この依頼を受ける気合が満ちてきた。


「はい、チャンミンです」


「少しでも早く打合せしたいんだ。
今夜、空いてる?食事でもしながら…」


甘く低い、落ち着いた声…
清潔感のある上品な姿と相まって、
耳から脳へとチョン代表のイメージが僕の中に溢れる。
このひとのどこがサイコなんだろう?
社長の考えすぎじゃない?


「はい。大丈夫です」


「じゃあ、直接店にきて。
店の住所は…」


電話を切ったあと、社長は呆れた顔で肩を竦めた。
「勝手にしろ」
これは社長のゴーサインだ。
僕はどこか浮かれていた。
男性が好きだけど、恋愛経験はない。
本命はいつも片想い。
僕の場合、「童貞」っていうのかな…
それは風俗で何とか卒業したけど。
こんな風に、男の人から食事に誘われるなんて初めてだから…
感じた事のない感情が胸に広がる。
胸がときめくって…こういうことなのかな?