*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

5.



年季の入ったレザーのソファーに、
社長と…社長の知り合いらしいハンサムが向かい合って座っている。
二人は友達なんだろうか?
どうもあの足の長いハンサムのほうが態度がデカいように感じるんだけど。
事務所の給湯室から様子を窺っていた僕は、
緊張感漂う二人のやりとりにいたたまれなくなって、
給湯室から飛び出した。


「コ、コーヒーです。どうぞ」


その時、初めてハンサムと目が合った。
うちの社長もなかなかの美男だけど…
どちらかっていうと中性的で、
ハンサムっていうよりは「美女」というカンジだ。
でも、この人は違う。
少し長めの黒髪をきちっとスタイリングして、
不快感なんてこれっぽちもなく、清潔感が溢れてる。
仕立てのいいスーツが体にフィットして、
組んだ長い足先にはイタリア製の革靴が光っていた。
陶器のような白い肌、通った鼻筋、そして…


「ありがとう」


口元から零れる白い歯と、
謎めいた微笑み…
これは…キケンな人物だよ。


「ヒチョル、この子…
いや、この人が俺の仕事を担当してくれるのか?」


「え、あ…まあ…
でも、まだ決まったわけじゃない。
うちはそもそも数時間単位での仕事が基本なんだ。
旅行とか泊りはやってない。
チャンミンだけでなく、他のスタッフも同様だ。
だから…ユノの依頼はうちの営業方針とはズレてるわけで…」


「オプション料金なら払うよ。
どれくらい?20%?いっそ倍でどうだ?
君は…どうなの?やりたくない?」


「え…」


急に話を振られ、僕は言葉に詰まった。


「君も座れば?」


「あ、はい…失礼します」


戸惑いながら社長の隣に座った僕に、
ハンサムはコーヒーを口元に運んで微笑んだ。


「そうだ。まだちゃんと名乗ってなかったな」


そう言って、ハンサムは名刺を渡した。


「UKファクトリー 代表 チョン・ユンホ…」


思わず声に出して名刺を読み上げた僕に、
ハンサムは目元を緩めて笑った。


「チョン代表…」


「〝ユノ〟でいいよ。代表といっても社員はたった5人だ。
俺とヒチョルは大学の同級生で。
卒業以来会ってなかったけど…まさかこんな仕事をしていたとはな。
表向きは人材派遣、裏は…」


「う、裏とかないからな!人聞きの悪い事言うなよ!
俺はまっとうな人材派遣業をやってるんだ」


社長と…チョン代表は昔からの知り合いってわけか。
学生時代、なにかあった?
チョン代表とのぎこちない雰囲気が気になる。
社長らしくない…明らかに動揺してる。
僕にこの依頼を受けさせたくないのって…
何か込み入った事情がありそうだ。
僕は自分でも気づかないうちに、
チョン代表に興味を抱き始めていた…


「だったら。俺の依頼も至極まっとうだよ。
何も断る理由はないと思うけど?
料金はちゃんと払うし、オプションも厭わない」


「だけどなぁ…面倒なことにチャンミンを巻き込みたくない」


「あの…社長。僕、やるよ。その仕事」


どういう理由で社長が依頼を渋っているのか…
僕はよくわからなかったけど、
面倒でイレギュラーな依頼であることは読めた。
でも…僕には自信があった。
この一年、面倒だと思える依頼はけっこうあったし、
それを社長のサポートで助けられながらもこなしてきた。
自分でいうのもなんだけど…
この仕事には向いているという自負さえ感じるようになっていた。
それに、何より…
目の前に悠々とした佇まいで足を組んでいるチョン代表に興味があった。
好奇心が擽られたんだ。


「ちょ、チャンミン!」


「そうか。引き受けてくれるんだね?
そうと決まれば話は早い」


「おい、ユノ!」


「本人がやるって言ってるんだから。な?チャンミン」


「チャンミン」と呼ばれ、僕は力強く頷いた。
社長は僕の隣で…呆れた顔で天を仰いだ──


チョン代表は、あらためて連絡すると言って帰っていった。
社長は、僕が依頼を受けたことに不服なのか、
しばらく脱力してソファーに沈んでいた。


「社長、大丈夫だから。
チョンさんってなんか金持ちそうじゃない?
料金もフルで、しかもオプションもしっかり付けてくれるって。
それに社長の友達でしょ?だったら信用できるんじゃない?」


ソファーからむくりと起き上がった社長は、
じっとりした眼差しで僕を睨みつけた。


「おまえは…あいつの本性を知らないから…
そんな呑気なことを言えるんだよ」


社長の大きな瞳は、いつになく真剣だった。