*こちらで書いているお話はフィクションです。
登場人物は実在の人物の名をお借りしていますが、
ストーリーは作者の創作によるものです。

 

 

 

 

 

 

 

4.



いままでやってきた仕事は、
だいたいが数時間で終わるものだった。
僕のレンタル料金は一時間一万円。
長くても半日ほどで、
相場は3~4時間ってところだ。
遠くなら交通費は別途請求。
それが三日間の旅行ともなれば…
ちょっと頭が追いつかない。


「旅行じゃないんだけど…
でも、まあ旅行みたいなもんかな?」


いつもはっきりものを言う社長が、
珍しく言葉を濁している。
僕はそんな社長を訝しい目つきで睨んだ。


「なにか…企んでない?」


「た、企む?!そんなこと…」


僕と社長は…
知り合ってまだ一年ほどしか経ってないけど、
不思議とウマが合った。
最初から
「遠慮するな。タメ口でいいからな」
って、言ってくれて…
当時、店の寮を追い出されそうになっていた僕にアパートも探してくれた。
やせ細っていた僕を食事にも連れて行ってくれた。
本当に面倒見のいいひとなんだ。
どこで身に着けたのか、危ない仕事を嗅ぎ分ける能力も高い。
そういう仕事は社長が断るから、
僕は安心して仕事を引き受けられるんだ。
そんな、全幅の信頼を寄せる社長が困る事って…なに?!


「チャンミン。もうすぐクライアントがここへ来る。
内容を聞いて、引き受けるかどうかは…おまえに任せる」


「ええっ?!
いままでそんなこと…一度もなかったよね?
社長が僕に合った依頼を振ってくれてたじゃない!
なのに、どうして今回だけ僕が決めないといけないの?!」


「うーん。それが何て言うか…
ちょっとセンシティブな依頼なんだよな。
チャンミンは俺の事務所の大事なスタッフで、
弟みたいに大事に思ってるさ。
本当はこんな仕事させたくない!
でも…」


その時だった。
ビルの入り口のインターホンが鳴った。
社長がモニター画面を確認して青ざめた。


「わっ、もう来たのかよ!」


何が何やら…
どうしてそんなに社長が焦っているのか?
まったく理解できない僕は、
狼狽える社長の姿を冷めた眼差しで見ていた。


「と、とにかく…チャンミンは黙って話を聞いていてくれ。
まだ話はまとまってないから。
イヤなら断ったって…」


「でも、僕が断ったら…大口の儲かる話なんでしょ?」


「うっ…」


社長は心臓に両手を当て、
銃で打たれるような仕草をした。
まったく、この人は…
本気なのか、冗談なのか。
嫌がってるのか、楽しんでいるのか…
社長が事務所のドアを開けると同時に、
クライアントが入って来た。
その拍子に社長はドアで強かにおでこをぶつけた。


「痛っ…てえ」


「ヒチョル、相変わらずだな。邪魔するよ」


そう言って、目の前に現れたクライアントに、
僕は息を飲んだ。


《えっ…めっちゃハンサムじゃん!》


すらりとしたスーツ姿、
一見しただけで「いいオトコ」だとわかるオーラがあった。


「ユ、ユノ…久しぶりだな。
電話もらって驚いたよ。
わざわざここまで来てくれなくても…
どこか外でもよかったのに」


「ユノ」と呼ばれたその「いいオトコ」は、
スラックスのポケットに手を入れたまま、
もの珍しそうに事務所の中を見回した。


「へえ…ここがヒチョルの事務所か。
いや、直接話した方が早いと思ってな」


「そうか…まあ、座れよ。
チャンミン、悪いけど…」


「はい」


僕は事務所の奥にある小さな給湯室にすっこんだ。
カセットコンロにやかんをかけ、湯が沸く待つ間…
こっそり息を潜めて、社長とユノの話に聞き耳を立てた。


「ホントに久しぶりだな。
まさかユノに…見つかるとは思ってなかった」


「見つかる、なんて…人聞きが悪いな。
ヒチョル、まだ気にしてるのか?あの時のこと…」


いつもは堂々として、大胆不敵な社長が…
借りてきたネコ…よりも、もっともっと小さく見える。
あの男は…いったい何者?!


「で、俺の依頼…もちろんOKだよな?」


「うん…それが…」


「失礼…します」


恐る恐る…
僕は、二人の会話に割って入った。